16.上鳴御削のいない稗槻市《後》
翌日。放課後の部室にて、オカルト研究部の部員に神凪麗音を加えた面々が集結する。
「私たちが探していた『オギジマ』が見つかった、という話はしたと思うけど」
いつものローブを身にまとう錬金術師、七枝蓬が早速、本題を切り出した。
神凪との電話の後、もちろんオカルト研究部の各々にも軽く伝えていたので、彼女の先生から届いた手紙に『隠祇島』という場所が記されていた、という所までは共有済みだ。
問題は、その先の話。
「ただ、行き方が『特定の手順』を踏まないとならないようだし、加えて、ある条件を満たしていないと辿り着く事さえできないらしい」
「昨日、チラッと聞いたわね。普通の方法じゃ辿り着けない……だったかしら」
「そう。今日はその隠祇島への行き方を説明するのと、これからの予定について話し合う。……みんな、覚悟は出来ているかな」
これからの予定――つまり、隠祇島へと乗り込み、失踪した上鳴御削を如何にして探しだすかの計画を立てるまで。
半端な覚悟で首を突っ込めるような事ではない。だが、その場の全員が声を揃えて。
「はい、もちろんです!」
「魔法少女だもん、悲しんでいる人がいるなら力にならないとねっ」
「当然ね。アタシがどれだけこの時を待ち望んだと思っているの?」
「どうやら全員、気合十分みたいだね。それじゃ、早速説明に入らせてもらおうかな。といっても、この紙に書いてある通りなんだけど……」
七枝が、自分のカバンから一枚の紙を取り出すと、部室のテーブル、その真ん中へと広げた。
「こまごまと経路が書かれてはいるけど、簡潔に言えば、アメリカを経由してバミューダ諸島へと向かい、そこから出ているクルーズ船に乗るだけ」
「だけって……。結構な長旅じゃないですか?」
そもそも、この場に海外旅行の経験がある人がまずいない。
アメリカまで行くのですら少々不安のあるメンバーなのに、そこから旅行先としてはマイナー気味なバミューダ諸島まで、飛行機を乗り継いで無事に辿り着けるかは怪しいところだ。
「というか、『パスポート』は持ってるの? アタシはもちろん、小さい頃に作ってもらったのがあるからいいんだけど」
ふと、神凪が放った言葉によってその場が完全に凍りついてしまう。
「あっ、パスポート……?」
「あははははっ、ウチがそんなご大層なものをお持ちだと思います?」
「当然、私も持っていない訳だが……」
パスポートがなければ、そもそも国外に出る事さえかなわない。
「あと、この条件って……? 『特異な能力、知識を有していること』?」
「それは恐らくだけど、全員満たしていると考えて良いんじゃないかな。表現が曖昧だから若干不安は残るけれど」
特異な能力、知識。それが具体的にどんな物を表しているのかが、不明瞭だ。
「少なくとも、私と楓は入れると考えて良いだろうね。錬金術師である私の先生が、その島にいるんだし」
問題は、神凪と許斐。
「櫻は魔法少女、神凪さんは竜の血を継いでいる。それっぽい特異さはあるけれど、条件を満たしているかどうかまでは、実際に試してみないことには分からない」
「ま、アタシはどんな手を使ってでも入らなくちゃならないんだけど。そんなくだらないルールなんて、ぶっ壊しちゃってでもね」
「あっはは……、神凪さんならやりかねないなあ」
となると、問題はやはりパスポートだけか。
「パスポートは確か……申請から一週間は掛かるはずだから、明日にでも三人で申請しに行っちゃいなさいよっ」
この中で唯一、パスポートを持っているという神凪が何故か先輩風を吹かせつつ言うが、この程度の事で胸を張っている時点で――だった。
「まあ、作らない事には始まらないし」
「そうだねぇー。あっそうだ! 神凪さん、色々知ってそうだし、ウチらパスポートなんて初めてだからついて来てくれると助かるっていうかー」
「えっ? か、構わないわよ……?」
パスポートは自分で作った訳じゃないし、作り方なんて全くといっていいほど知らないんだけど、ここで折れたらちょっと恥ずかしい……っ! といった表情が露骨に出てしまう神凪だった。
ともあれ、場所の手がかりすら掴めなかったこれまでと比べれば、着実に――上鳴を連れ戻すための道を歩んでいると感じられた。




