15.上鳴御削のいない稗槻市《中》
その日、錬金術師――七枝蓬の家に、一通の手紙が届いた。差出人は、彼女が以前お世話になった人物からだ。
「……間倉先生。久しいなあ」
七枝が中学の頃まで錬金術を教わっていた、彼女の錬金術において『先生』にあたる人物だ。
三年前まではこの街に住んでいたのだが、さらに錬金術を極めるべく世界各地を巡る旅に出てからは一切の音沙汰なしだったのだが。
今の時代、様々な連絡手段はあるものの、間倉先生はどこか古臭い人間で、携帯電話だとか、そういったハイテクな機器は持ち合わせていないのだ。最近はお年寄りですらスマートフォンを持つ時代だというのに。
メールやメッセージアプリで気軽に文章をやり取りできる時代に逆行するかのごとく、古風に手紙で連絡が来たのもその為だ。不便極まりないとも思うが、そういう人が一定数いるのもまた事実なので仕方がない。
「なになに。『――拝啓、そちらは肌寒く感じつつある季節となりますが、いかがお過ごしでしょうか。私は三ヶ月程前から、ある島で錬金術の研究をしています――』そっか、先生も元気にやってそうでちょっと安心だ」
間倉先生と最後に話をしたのは三年とすこし前になる。あの頃を懐かしみながらも七枝は、手紙を一文ずつ読み上げていく。
『あれから貴方も錬金術の研鑽を積んできたことでしょう。そこで、蓬もまずは見学程度に足を運んでみてはいかがでしょうか。錬金術師にとっては良い環境かと思いますので、何か刺激にはなるでしょう。場所と行き方については少々ややこしい所がありますので、同封したメモを参考にしてください。久々に会える事を、心より楽しみにしています』
ややこしい、となればやはり海外だろうか。海外旅行の経験はなく不安ではあるのだが、先生の勤める研究所にはやはり興味があるので悩ましい所だ。
とりあえず、七枝は同封されているメモを確認する。「……ちょっ、何かの冗談……?」――メモに書かれていた地名を見て、思わずそう声を上げてしまった。
七枝は、こうしちゃいられないと、ベッドに放り投げてあったスマホを手に取ると、『その地』を誰よりも探し求めていた人物へと電話をかける。
***
『へえ。七枝さんの先生、ねえ。でも、どうしてその話をアタシなんかに? もっと話すべき相手がいると思うんだけど』
「いや。まずは神凪さんに話すべきかと思ってね。その先生が今いる『島』が問題なんだよ」
『島? ……ッ、ま、まさか!? それって……ッ!』
電話越しにも、どこか素っ気ない態度から一転、興味津々で食い気味な態度へと変わったのが伝わってくる。そりゃあそうだろうな、と七枝は内心ニヤリとしながら。
「そのまさかだよ。隠祇島――上鳴君が、天使と共に向かったと言っていた『オギジマ』の事じゃないかなと思ってね」
『――七枝さんッ! ねえ、その島はどこに!? アタシ、すぐにでも向かわないとッ!』
「ちょっと落ち着きなさい。焦ったところで良い事なんてないし、そもそも今から気軽に迎えるような場所にはないんだよ、残念ながら。普通の方法じゃ、どうやっても辿り着けないようだし」
『ぐ……、分かったわ、七枝さん』
歯軋りする音からして、今からすぐにでも向かえなかったのが、相当に悔しかったのだろう。それも仕方のないことだ、あの一件以来、ずっと探し求めていた『彼』の居場所かもしれないのだから。
だが、間倉先生からの手紙で『ややこしい』と書かれていただけあって、やはり普通の方法では辿りつけないらしい。
詳しい事は電話よりも直接会って話した方が早いと思った七枝は。
「明日、オカルト研究部の部室に来てほしい。詳しい話はそこで」
『分かったわ。……ありがとう、七枝さん』
「お礼を言われるような事はしていないよ、この島を見つけたのだって私ではなく、私の先生なのだし」
『それでも……ありがとう』
そんな適当なやり取りの後、七枝は電話を切った。
「それにしても。どおりで見つからない訳だよ」
彼女は、手紙と同封されていたメモに書かれている『隠祇島』への上陸方法が記された項目を見て、一人ながら、そう呟かずにはいられなかった。




