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14.上鳴御削のいない稗槻市《前》

 左腕を吹き飛ばされ、しばらくの入院生活の後、普段通りの学校生活へと戻った少女がいる。


 赤いショートヘアに、ルビー色の瞳。世界でたったひとり《竜の血脈(ドラゴン・ブラッド)》を継いでいるその少女から、()()()以来、笑顔が消えた。


 それも当然だ。命の恩人で、彼女にとっては最初で最後であろう恋人を失ってしまったのだから。


 失ったと言っても、彼はきっとどこかで生きているに違いない。だが、深紅の翼であちこちへと飛んで行ける彼女でさえ、手の届かない場所に行ってしまったのだ。


 どんなに高い山の頂上でも、広い海に浮かぶ孤島でも。場所さえ分かればすぐにでも飛んでいくのだが、そもそも居場所が分からないのだからどうしようもない。


 言うまでもなく、彼が失踪してからおよそ半年もの間、一日たりとも休まずに、あらゆる手段で居場所を探し続けた。……だが、ヒントの一つさえ見つからない。


 今も自宅のパソコンを駆使して、唯一残された手がかり――『オギジマ』という地名だけを頼りに、地図はもちろん各地の古い呼び名や伝承まで、少しでも繋がりがありそうな物は隅々まで調べているのだが……新たな手がかりには掠りもしない。


「……はあ、流石に疲れたわね。少し休憩しようかしら」


 言うと、神凪麗音(かなぎ れおん)は机の端に置いていたペットボトルのスポーツドリンクを右手で掴み、二本の指で器用にフタを開けて飲む。我ながら、左手のない生活にも慣れてきたと感じる今日この頃だった。


 だが、どうもこの無気力感だけは晴れない。せっかく彼――上鳴(うわなき)のおかげもあってか、心を自ら閉ざして誰とも関わりを持たなかった昔と比べればまだ広がりつつあった交友関係も、すっかり無くなりつつある。


 比良坂楓(ひらさか ふう)を始めとしたオカルト研究部の面々とは、以前まではそこそこ連絡を取っていたものの、ここ最近はすっかり途絶えつつあった。完全に交友関係が消えてしまうのも時間の問題かもしれない。


 このままじゃマズいと思いつつも、どうにも自ら関わろうとは思えなかった。……まるで、上鳴と出会う前に戻ってしまったかのようだ。


 ……まさかこんな所でも、彼の存在の大きさを実感する事になるとは。思わず神凪は溜め息を吐いてしまう。


 休憩にしたは良いが、また嫌な事を考えてしまった――と、たいして休まらなかったが、作業に戻ろうとした――その時だった。


「……電話? 珍しいわね。誰かしら」


 陽気なマリンバの着信音が部屋に鳴り響く。憂鬱な気分で、どうにも出ようと思えなかったので、適当に気付かなかったふりをして今度会ったときにでも謝ればいいかと考えながら、一応名前だけ確認してみたのだが――()()()()()()()


「七枝さん? そもそもアタシに電話が掛かってくるのすら珍しいってのに、もっと珍しい……」


 互いの性格故か、連絡先を交換していたもののそれっきり、個人間での連絡はほとんど皆無だった。一時期使っていた、上鳴を探すべく情報交換をするグループチャットで少し話した程度だったか。


 そんな相手からの電話ともなると、出ないと逆に後から気にかけてしまうに違いない。神凪は(いぶか)りながらも、応答ボタンへと触れる。


「はい、もしもし……?」

『神凪さん。しばらくオカルト研究部の部室にも顔を出していなかったけど、元気だったかい?』

「まあ、それなりには。そもそもアタシは部員じゃないし、御削の事もこれ以上進展は無さそうだし、わざわざ顔を出す理由もないかなーと思って」

『寂しい事を言ってくれるなあ。ま、アレから進展は無かったというのも事実ではあるのだけれどね』


 それはそうだろう、とも思った。学校の時間以外を全て費やし、睡眠時間すら削り気味の神凪がこれだけ探しても、手がかりの一つさえ見つからないのだから。


「……で、七枝さんから電話という事は、なにかあった……のかしら」

『そうだね。早速本題に入らせてもらうよ。実は――』

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