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13.天使との圧倒的な壁

 狂気を纏った上鳴(うわなき)が放った全力の右拳は、天使の白い翼が盾のようになって受け止められてしまう。


 が、当然それで終わりではない。左腕でも同様にパンチを叩きこむと、もう片方の翼でその攻撃も受け止める。


 当然、天使に生える翼は二本。ならば。


「はあああああああああああああッッ!!」


 受け止められた両拳を支えにして、彼は両足で突き刺すような蹴りを撃ちこんだ。


 相手は天使といえど、流石に三本目の翼が生えて受け止められるなんてトンデモ展開は待っていないらしい。上鳴の蹴りは、しっかりと天河(あまかわ)の腹部に命中し、壁に叩きつけられるように吹き飛ばされる。


 だが、やはり彼はどこまでいっても『天使』であり、物理的な攻撃程度でどうこうできる相手ではないらしい。


 その天使は痛みに悶える様子もなく、天河はその翼をたった一度はためかせると、一瞬にして上鳴との距離を詰める。


 こちらが一枚上手だと言わんばかりに、他の攻撃手段を持ちつつも、()()()彼は上鳴と同じく蹴りを叩きこむ。


「ッご、ばはああああ――ッ!」


 同じく壁に亀裂が入るまでの威力で叩きつけられた上鳴。だが、天使とは違い、狂気を纏っているとはいえ結局、人の身でしかない彼には痛みも隙も、如実に現れる。


 続けて天河は、その右手を軽くひと振り。虚空から現出した金色の矢が、彼の右手を貫通して壁へと突き刺さる。


 同じく二本目、三と四本目の矢を、彼の四肢を封じるべくそれぞれの部位へと流れ作業のようにして放つ。


 ここまで、たった一分にも満たない攻防だった。……それほどまでに、『天使』と『人間』では決して超えられない壁が存在することをハッキリと表しているのだろう。


 金色の矢が霧散すると、その場でバタリと音を立てて崩れ落ちる上鳴の姿があった。狂気を纏った彼でさえ、もう動く力も残っていなかった。


「天使であるこのオレに、正面から一撃でも入れられたのは賞賛に値するが……。それ止まりじゃあオレに追い付く事なんてできないぜ。少なくとも、普通の高校生を自称している間は間違いなく、な」


 天河の放った言葉に返答はない。相手に届いているかさえ怪しかった。


 巨大な心臓の刻む鼓動音だけが虚しく響く、地下の大部屋に一人の声が飛んでくる。


天津河神(あまつかわのかみ)様ッ! 今、上鳴様がこちらに――」


 力が抜けて倒れる男の姿を見て、その女性は言葉を途中で止めた。


「安心しろ、箱園紗々羅(はこぞの ささら)。後は《聖心蔵(カディエータ)》へと放り込むだけだ」

「申し訳ございません、天津河神様。私が安易な考えで動いてしまったせいで、お手を煩わせる事になってしまいました」

「いや。お前がわかりやすく動いてくれたからこそ、上鳴御削(うわなき みそぐ)は警戒せずにここまで来てくれたんだ。結果オーライ、全て上手く行ったんだからそれでいいんだよ」


 天河は続けて、巫女へと命令する。


「早速、彼を水槽の中に突っ込んでくれ。《聖心蔵》は好奇心旺盛だから、水槽の中に入ってきた物は、勝手に何でも取り込んでくれる」

「承知いたしました」


 返すと、箱園は倒れるその男を軽々と持ち上げて。開きっぱなしになっていた水槽の扉めがけて、その身体を放り投げた。


 ぽちゃんという間の抜けた音の直後、《聖心蔵》がピクリと反応する。口のように開いた穴から、一本の触手が飛び出し、沈んでいく上鳴の体に巻きつけると、そのまま心臓の内部へと強引に引っ張っていく。


 やがて、大きく開いていた口はバタリと閉じられた。


「……これで第一段階は完了、ですか」

「ああ」


 これにて、隠祇(おぎ)島を守る結界は変質した。ファンタジーを惹きつけ、しかし一般人は通れない、そんな都合の良い性質へと変わる。


「これから忙しくなるな。だが、この世界の不安定要素である『ファンタジーの統合』は、『神族化』に必要不可欠な工程だ。さて、箱園紗々羅。このオレ、天津河神が命じる。王である《聖心蔵》の下、隠祇島の動向を見守ってくれ」

「はい、お任せ下さい――」

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