12.階段を降りた先、待ち構えしは
上鳴は再び、隠祇島の神社――その裏手にある、地下へと続く階段までやってきた。
扉は閉められていたが、急いでいたのか、とくに鍵は掛けられていなかった。……どっちにしろ、木製の扉くらい壊してしまえばいいだけなので、些細な問題ではあるが。
石造りの階段を降りながら、言葉自体は向こうに届かないだろうと思いつつも、上鳴はふと声に出す。
「悪いな、俺はあくまで普通の高校生なんだ。国がどうとか、王がどうだとかよりも――俺の、大切な人にもう一度会って、謝りたいという俺がすべき事を優先させてもらうよ」
この島の管理者である巫女、箱園には届いていないだろう。船に乗った(と思わせた)上鳴を追いかけていったのを見ていたからだ。――だが、かといって。その言葉を、誰も聞いていなかった訳ではないらしい。
何故なら、独り言であったはずのその言葉に、確かな返答があったからだ。
言葉が上鳴の元へと返ってきたのは、階段を降りた先――《聖心蔵》のある大部屋からだった。
「そうか、残念だぜ御削。王としての役目を果たす力があって、これまで色々なファンタジーに触れておいて、それでもお前はまだ『普通の高校生』を名乗り続けるとはな。いい加減、自分の成すべきことくらいは理解していたものだと思っていたよ」
上鳴は、声のした方を見る。――そこに立っていたのは、二メートル近い身長と金髪が特徴的な、彼も見知った男の姿だった。
彼の知っているその男は、魂だけの存在になっていたはずで、まさかと思ったが――確かに存在したその男、その名前を声に出してしまう。
「……天河、一基……」
「上鳴御削。この姿ではお久しぶり、だな?」
かつて、堕天使との戦いで身体の大部分を失われた上に、お菓子の箱へと封印されていたはずの存在。
さっきまでは巫女、箱園紗々羅の身体に宿っていたはずだったが、どうやらこれまでの時間ですっかり元の姿を取り戻していたらしい。
今も驚く御削を置いてけぼりに、彼はさっさと話を進めてしまう。
「御削。お前は今、この《聖心蔵》を壊そうとしている。合っているな?」
「だとしたら何だ。俺は意地でも日本に帰る。そして、神凪に謝らなきゃいけない。左腕のこと、約束を忘れて飛び出していったこと、色々と。我ながら自分勝手だと思う。けど、俺はそれでも、そのわがままを通してみせる」
「……そうか」
天河は、すっかり冷めたような口調で続ける。
「これまで、傍観者として。もしくは誰かの意志の上で、オレはこの力を行使してきた。世界の安定化、最終的には『神族化』を目指す上で、直接的な干渉はしてはならないというルールがあったからだ」
天使と堕天使のケンカは、堕天使自体が元々この世界の存在ではないイレギュラーかつ、世界そのものに大きな影響を与えかねない存在だったため除くとして。
神凪が『儀式』の為に狙われた時も、比良坂が《破滅の錬金術》に溺れた時も、彼がしたのはあくまで助言であり、直接的に事件の解決へと関わった訳ではなかった。
「だが、お前は最早世界の存続を脅かす危険分子となりえる存在だ。この島は、言ってしまえば世界の重要地点。その島を維持する心臓を壊そうとしているんだから文句は言わせないぜ。……となれば話は別で、さっき言ったルールの例外として、オレが直接介入できるんだよ。堕天使、ツァトエルの時のように」
「……何が言いたいんだよ、お前は」
「分かってるんだろ、御削。この《聖心蔵》を壊して、神凪に会いに行くってなら――天使である、このオレを倒さなくてはならないって訳だ」
そう前置いた上で。天河は続ける。
「断言しておこう、上鳴御削。どう足掻いても、人間である以上は天使であるオレには届かないと。それでも抗うつもりか?」
上鳴の答えは当然ひとつ。
「……一基が『天使』だって、初めて知った時はそりゃ驚いたよ。俺なんかとは比べるのもおこがましい、ずっと遠い存在だって思ってた。でも――こうして同じ土俵で、一対一で戦う事になるんだから、人生ってのは分からない物だよ」
「そうか。何だかんだで一年以上の付き合いがあったんだ、できればオレも戦いたくはなかったが。御削がその気なら、こっちも手加減はできないな」
彼が言い終えて、ほんの少しの静寂が過ぎた後。
天使は白い翼を顕現させて、対する普通の高校生は自分の力のように制御できるまでになった狂気を再び纏い――直後、人の域を超えた速度で、互いに衝突する。




