11.安直な仕掛けに安堵
――時は少し巻き戻る。巫女、箱園紗々羅から逃げるべく、港から船が発つその直前。
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上鳴が港までやってくると、丁度、漁師たちが今日の仕事から戻ってきた瞬間らしい。エンジンが掛かった状態の漁船があったので、ナイスタイミング、と心の中でそっとつぶやきながら、彼はそれに急いで乗り込んだ。
「おい、なんだ何だ!? アンタ、いきなり――」
「すまない、ちょっと船を貸してほしい。急ぎなんだ」
どうやら船から降り、今日の漁の成果を確認していたであろう漁師のおっさんが呆気に取られているのを横目に、彼は船の中にあるシフトレバーを前へと思いっきり倒す。
船の操縦知識はなかったが、案外何とかなってしまったらしい。船はゆっくりと、沖へと向けて動き出そうとしている。
上鳴はそこで、操縦席を立ち上がった。そして、今も前進しようとする船から逃げるように、港へとジャンプで飛び移ったのだ。
あと数センチでも離れていれば海に落ちかねない、とまでに間一髪のところでなんとか島に乗り移れた上鳴は、加速する無人の漁船へと『黒い小粒の機械』を投げ込んだ。
持っていた上鳴でさえ正体がハッキリとしない代物ではあるのだが、あくまで彼が予想するものであった場合の、保険としての行動だ。……その答えはどのみちすぐに分かる。こちらを追っている敵の動きさえ見れば。
怒声を上げる漁師さんたちに謝りながら、上鳴はその場を猛ダッシュで後にする。幸い、見た目には現れない程度ではあるものの、体内の狂気がまだ少し残っているためか普段よりも速く走れたので、すぐに行方を眩ませることができた。
それから物陰で、上鳴が港を見張っていると……予想通りやってきた。箱園紗々羅。この島の管理者であり、天使の命令で今もこちらを血眼になって探しているであろう巫女。
「……まあ、あんな見るからに怪しい機械、そうだろうとは思っていたけど」
自分の考えが合っていたと確信し、安堵したからこそ、ついその言葉が出てきてしまう。
「やっぱりあれは『発信機』だったか。危なくあいつらの手のひらで踊らされる所だったけど、これ以上変な小細工もなく、清々しいくらいに安直な仕掛けで安心したよ」
ありがちな、しかしだからこそ効果てきめんで皆がこぞって使うのであろう手段。あくまで普通の高校生である上鳴にも理解できる、わかりやすい手段でまだ助かった。
下手に異能だったり、知らない『ファンタジー』なんかが絡んでいれば、彼にはきっとどうしようもなかったはずだ。
これで安心して、あの場所に向かう事ができるだろう。……この島を世界から切り離している結界を解除するために、それを維持しているらしい《聖心蔵》の元へと。




