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6.翌日、島の地下層へ

 気が付くと、窓からは明るい光が差し込んでいた。どうやら、あの状況にもかかわらず、上鳴(うわなき)はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 昨日の夜に感じていた心の不安感も、すっかりどこかへ去っていったのか、心の中がなんだかスッキリした良い目覚めだった。


 部屋に箱園(はこぞの)の姿はなく、どうやら先に起きているらしい。部屋のふすまを開き居間へと出ると、台所で料理をしている彼女の姿が目に入る。


 上鳴が出てきた事に気がついたのか、箱園は彼の方を振り返って。


「あっ、なーくん。おはようございます!」

「お、おはよう……」


 昨夜の事もあり、機嫌を悪くしていたり、どこか気まずい空気が流れてしまう可能性もあったが、どうやら彼女の反応に変わったところはない。


「その、覚えてないのか? 昨日の夜のこと」

「昨日の夜ですか。はて、何か……ああ、ごめんなさい。私ったら寝付きが悪くて、気づいたらなーくんの部屋で寝ちゃってたんですよ。お疲れの所、お邪魔してしまいましたか……?」

「いや、特に覚えてないならいいんだけど、うん」


 それならこちらも、昨夜の事は忘れてしまおう。いや、忘れようと思って簡単に忘れられるほど、人間の脳は都合よくできていないにせよ、昨日の話題に触れずフタをしておくくらいはできる。これですっかり元通り――となってくれれば良いのだが。


「あっ、もう少しで朝食ができるので待っていてくださいね。私、朝は弱いので、簡単なものしか作れなくて申し訳ないですけど……」

「そんな事ないよ。何から何まで世話になりっぱなしだな、俺。ごめん、紗々羅(ささら)

「いえいえ、なーくんにはこれからもっと、大事なお仕事をこなしてもらわないとですからね」


 そもそも普段は朝食抜きか適当なパン一個で済ませてしまうのが当たり前な彼にとって、朝からお皿に乗った料理を食べられるというだけで贅沢の極みでもある。……本当に何でもかんでも世話になりっぱなしなので、こんな事なら、もう少し家事なんかを普段からやっておくべきだったと今更になって後悔してしまう。


 落ち着いた頃に、何か簡単なものから料理に挑戦してみようか。もし上手く行ったら、神凪(かなぎ)にも振る舞ってあげたいな――なんて、まだまだ先のことを想像する。


 だが、まずは目の前の問題から片付けなければならない。この隠祇島までやってきた目的から。



 ***



 箱園の作った朝食はやはりどれも美味しく、すっかり満足したところで。


「さーて、お仕事でも始めましょうか。私、着替えてきますね!」

「ああ、俺も準備しないと」


 言うと、それぞれの自室で『仕事』へと向かう準備を始めた。


 やはり女性のほうが準備に時間がかかるのか、一足先に支度を終えて居間で待っていると、やがて巫女装束姿の箱園が部屋から出てくる。


「それでは上鳴様、参りましょう。目的地は《聖心臓(カディエータ)》が保管されている、島の地下層です」


 あまりにも突然、箱園の口調から仕草、声色までの何もかもが無機質なものへと変わったので、上鳴は驚いたが――そういや、初めて会ったときはこっちの箱園だったと思い出す。


 仕事とプライベートで、まるで別人のような二面性を併せ持つ。それが箱園紗々羅という女性なのだった。



 ……それから外へ出て、すぐ。神社の裏手にある小屋のカギを外して扉を開くと、どのくらい続いているかも見当がつかないほどの、長い階段が続いていた。


「古い階段ですので、かなり急勾配になっています。気をつけて下さい」

「分かったよ、箱園さん」


 ついさっきまでは名前呼びだったのだが、今は初対面の時と同様、名字で呼んでいる。どうも、この状態の彼女を名前で呼ぶのは微妙に躊躇ってしまうのだった。


 言葉を交わしながら、古い家にありがちな急で段差の激しい石造りの階段を、一段ずつ慎重に降りていく。


 仕事モードではない彼女なら、きっと他愛もない話でもしながら降りていったのだろうが……プライベートはプライベートで、仕事の時にはこういった緊張感を持つのも大事という考えは、上鳴にも賛同できる。


 色々と考えながら、かなり深い所まで降りると、やがて開けた大部屋に出た。


 部屋の中心には、上鳴が聞いていたその名の通りの『心臓』が天井から吊り下がり、巨大な水槽の中を漂っていた。


 ただ、その大きさは人の体にあるもの、その数百倍は大きい。赤黒く、妙なグロテスクさが感じられる。


「もしかしなくても――これが《聖心臓》?」

「はい。この島を護る結界も、この《聖心臓》によって維持されています」


 魔力を生み出し、隠祇島の土地へと送り出す。この島の豊かさを維持している、まさにこの島の心臓部と言える器官。


 巫女であり島の管理者の箱園が、心臓が漂う水槽の側面に取り付けられたパソコンへと近づく。ボタンを押して立ち上げると、上鳴は見たことのないOSの起動画面が大きなモニターへと映し出される。


 外界とは隔絶された土地である以上、パソコンという同じ括りの物だとしても、こういった細かな部分では違いが出てくるのも当然か。


 やがて、立ち上がった画面をマウスとキーボードで細かな画面をカチカチと操作して、上鳴には到底理解できない作業を進めていく。


「今は何を?」

「結界の性質の調整です。上鳴様の『ファンタジー』を惹き寄せる性質と、結界に元々あった外界との出入りを不可能とするもの、双方を合わせています」


 よく分かっていない表情の上鳴を見かねて、箱園は続ける。


「国としての体裁が整うまでは、結界を『ファンタジー世界の存在』だけが出入り可能な状態で維持します。いきなり一般人に、ずかずかと入って来られても面倒ですので」

「ああ、確かに、新しい島が発見されたってなったら、外じゃ大騒ぎになりそうだしな。なんとなく理解できたような……で、俺は何をすればいいんだ?」

「そうですね。少々お待ちを」


 言うと、箱園は再びパソコンで入力を始め、タンッ! とエンターキー独特の強い打鍵音が部屋に響いた後。巨大な心臓がその動きを止める。


「あれっ、止まっちゃったけど……」

「はい、問題ございません」


 そして、水槽の中に溜まっていた水が半分ほど抜かれ、水槽の上側にあったガラスの扉がひとりでに開く。そんな光景をただ眺めていた上鳴に――突然。


「――ごはああああああッ!?」


 腹部へと、強烈な打撃と痛みが走る。


「何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()一度、稼働を停止する必要がありますので」


 ……それが、箱園の放った蹴りによる物だと理解した頃には、上鳴は宙に飛ばされ、地面に叩きつけられて――マトモに動くことさえできないまでの苦痛に襲われていたのだった。

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