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5.隠祇島での夜

「ご馳走様でした。本当に、美味しかったよ」

「いえいえ、お粗末さまでした。なーくんのお口に合っていたようで何よりです!」


 決まり文句とはいえ、これがお粗末であればこの世の料理、ほぼ全てが粗末に感じてしまうであろう――お世辞抜きで、それほど絶品と言える食事だった。


 素材はもちろん、その持ち味を活かした箱園(はこぞの)の味付けが絶妙で、この島ならではの美味しさ、そのものを堪能しているようだった。


「さあて、お風呂も入っちゃいましたし……今日はもう寝ちゃいましょうか。なーくんはそっちの部屋を使ってください。ちなみに布団はもう敷いてありますから!」

「ああ、いつの間に。ありがとう、紗々羅(ささら)


 やる事も終え、あとは寝て明日を迎えるだけとなった二人。この島唯一の欠点でもある娯楽の少なさもあり、明日から始まる大仕事に備えるという意味合いもあってか、まだ時間は九時前と若者の就寝時刻としては少し早いが眠りにつくことにした。


 この神社の社務所はかなり広く、二人でそれぞれ別の部屋を使ってもいくつか部屋が余るほどだった。


 村から帰る途中で彼女から聞いた話によると、元々は家族で暮らしていたのだが、四年前に両親は他界してしまったとのことらしい。両親とも一緒に――となると何らかの事情はありそうだったが、流石にそこまで聞くほど彼もまた無神経ではない。


 そんな多くある部屋のうちの一つに、丁寧に敷かれた布団へと上鳴(うわなき)は入り、部屋の照明も消して、目を瞑ってみる。


 まだ時間は早いにせよ、疲れていて、寝ようと思えばすぐに寝付けるはずなのだが、どうにもこれからの事を考えると寝付けなかった。


 そこで彼は、自身の身体に宿る、もう一人の男――人間ではなく天使なのだが――へと声をかけてみる。


「……なあ、一基(いつき)。起きているか?」

『どうした御削(みそぐ)。眠れないのかー?』

「そりゃあさ。明日からの事を考えちゃうとどうしても」

『そんな、重く受け止める必要もないんだけどな。いざ始まってみりゃ、どうとでもなるだろうさ』


 どこまでいっても普通の高校生である彼には、あまりに荷が重すぎる役割だと。ここに来て、改めてひしひしと感じてしまう。


 天河(あまかわ)は気軽に言ってくれるが……こっちとしては気が気じゃないのだから。



 ***



 照明を落とし、布団に入ってからどれだけの時間が経ったことだろうか。一時間か二時間か、あるいはまだ三〇分も経っていないのか――時計はないので定かではないが――未だに上鳴は眠れていなかった。


 なんだか隣の部屋から物音が聞こえてくるので、まだ箱園も起きているのだろうか――なんて思っていると、その足音がどんどん大きくなっていく。……こちらに近づいてきていた。


 そして、直後――ガラガラガラッ! と、上鳴が使っている部屋のふすまが開かれた。


「さ、紗々羅? どうしたんだ?」

()()()()()()()()()()()()()……?」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかったが……どうやら、箱園が寝ぼけて上鳴の部屋とトイレを間違えたらしい。そんなことあるか? と思いつつも、上鳴は彼女へと冷静に声を掛ける。


「落ちつけ紗々羅。ここはトイレじゃないから――」


 だが、そんな上鳴の静止の声も、すっかり寝ぼけてしまっている彼女には届かなかった。


「なぁくうん……、早く出てってくださいよぉ、漏れちゃいますからあ……」

「いやいやいやいや待て待て待てっ! ホントにここでしたら色々とマズいから! トイレはあっち! う、うおおおおおおおおおおおッ!?」


 逃げようと立ち上がるも、そこを箱園にがっしりと掴みかかられてしまう。そのまま布団へと押し倒されてしまい――。


「あの、紗々羅? おーい、箱園さん?」

「すう……」


 あろう事か、上鳴の上から覆いかぶさる体勢でそのまま寝息を立てて眠ってしまった。


 ふと横を見れば、箱園の顔が至近距離にある。顔を逸らしても漂ってくる、しとやかな女の子らしい香りと、眠りが浅いせいかもぞもぞと身体を揺らし、彼女の見た目よりも豊満に感じる()()()()()()()()()がぐいぐいと押し付けられていく。


 思春期の彼には刺激の強すぎる経験なせいか、破裂しそうな勢いで胸が高鳴ってしまう。だが、これは罠だ。ここでもし理性を失ってしまえば、男として最低の末路を辿ってしまうのは目に見えている。


 ここはまず、落ち着いて。


「箱園、起きろって! トイレなら俺が案内してやるから! って、なんで家主のお前が案内される側なんだよ……ッ!」


 意外とこんな状況でもツッコめる自分に多少驚きながら、彼女の肩を掴んで揺さぶると、彼女はゆっくりとその目蓋を開く。


「んえ? ああ、なーくん。せっかく気持ちよく寝てるんですから起こさないでくださいようっ」


 言うと、上鳴を抱き枕か何かと勘違いしているのか、彼をつかむ細腕にぎゅっと力が入る。


 ここまで来ると、彼もついにヤケクソになってしまう。


「ああああああああああああああッ、もうどうにでもなれッ! 俺はもう知らないぞ!!」


 為す術もなく、上鳴はただ、そう叫ぶことしかできないのだった。

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