1.日本を飛び立つ少年と天使
天使そのものを宿した少年、上鳴御削は、その背中から現れた白い天使の翼で、今も一面の海の上を飛び続けていた。
「もう結構な距離を飛んだ気がするんだけど。一基、まだその『隠祇島』には着かないのか?」
『この辺りでやっと半分って所だな。もっと速く飛ぼうと思えば飛べるぜー? 身体の方が耐えられずに、バラバラになるリスクを負う覚悟があるなら、だけどな!』
「やらねえよ! ってか、名前からして日本の島かと思ってたんだけど」
『いや。オレがただ、昔から日本を主な拠点にして動いていたから、とりあえず日本語で名付けただけだ。場所は大西洋……『魔の三角海域』って知ってるか?』
「ああ、テレビか何かで聞いた記憶はある」
確か、船や飛行機が忽然と姿を消す――そんな怪事件が多発する海域だったか。
『その海域の中心にあるのが隠祇島で、島の周りは結界で守られている。本来は、島に近付けないように結界へ触れると反対側へと転送される仕組みになっているんだが、その結界を偶然突破しちまったのが、巷で消えたと囁かれている都市伝説の正体だ』
「お前が犯人だったのかよ。ってか、一基の力が必要不可欠って、そういう事か……」
今の話が本当だとするならば、天河の力がないと島の場所が分かっていても、彼が張った結界によって上陸ができない。
仮に、上鳴の力だけでどうにか島を目指したところで、その魔の海域に伝わる都市伝説の一部にされてしまうだけだっただろう。
そもそも、その海域は日本から東にずっと飛んでアメリカ大陸を超えた先にある。普通の高校生である彼がそこまで辿り着けるかという時点で、まず無謀だとしか言いようがないのだが。
「でも、国を作るって言われてもなあ。結界のせいで誰も入れないって事はまさか、しばらくはお前と二人きりなのか?」
『いや、流石にそんなことはないぜ。あの島を管理する巫女さんが暮らしていたり、さっき、結界を偶然突破することがあるって言ったが……そいつらは隠祇島で小さな村を形成して、気楽に暮らしている。国を作るにしても完全なゼロからではないから安心してくれ』
「それなら良かった。お前と二人からだとしたら、いったい何十年掛かるんだって話だし」
ある程度の土台があるのとないのでは、全然違うと国づくりのド素人である彼にでもわかる。無人島を一から――となれば、上鳴がおじいちゃんになった頃にも国が完成しているかどうかは怪しい。
『国を作る、それ自体はそこまで難しいものじゃない。御削が特に何かするまでもなく、ここに暮らす人たちで勝手に育っていくだろうしな。だからそう気負う事はない』
「まあ、そうだよな。この体質がなければ俺は本当にただの高校生だし、それに比べてファンタジー世界のみんなは、俺なんかとは比べる事さえおこがましいくらいには優秀なんだし」
『ただの高校生、か。本当にただの高校生が聞いたら、ガッツリ怒られちまいそうな言葉だな』
「そりゃ、色々と巻き込まれたりはしてるけど。基本的に俺はことなかれ主義の普通の高校生だ。そっちが巻き込んでくるから、俺もその度に戦ってる。それだけの話だよ」
そもそも彼は、目の前で何か事件が起きても、自ら首を突っ込んでいくどころか面倒事には極力関わりたくない、そんな性格だ。
ただ、それに自分自身、もしくは大切な人が関わっていれば話は別。それだけの事なのだ。
今回だって、彼は別に世界を守りたいとか御大層な目標を掲げて『王』とやらを目指している訳ではない。神凪をはじめとした、彼の周りの人物が――これ以上危険に晒されない為に動いているだでしかない。
『……そういやそうだったな、上鳴御削という人間は』
「だから俺は、どこまでいっても普通の高校生でしかない。『王』なんて存在に据えるのが、そんなつまらない人間で本当に大丈夫なのか?」
『少なくともオレはつまらないとは思わないけどな。何も体質だけじゃない。普通普通って口で言ってはいるが、そもそも人間ってのは、そう誰かのために簡単に命を張れるような生き物じゃないんだよ、御削。また一つ勉強になったじゃないか』
そんな二人がテレパシーと声で言葉を交わしながら、目的地である隠祇島へとさらに速度を上げる。




