16.適性と役目に向き合って
夜の高校、その一室で。鍵の掛かったドアを強引に蹴破る衝撃音が、誰もいない校舎内へと響き渡る。
ドアは無残に破壊され、一人の男――上鳴御削が堂々と侵入していったのは、ごく小規模の部室だった。『オカルト研究部』……大多数の人々は知らないが、本物が集まっているという、世にも珍しい部である。
「一基。起きているか」
彼は誰もいないはずの部室で、誰かに向けて声をかける。
しばらくして、直接脳内に語りかけてくるような声が、確かに帰ってきた。
『……御削か。こんな時間に、わざわざオレに用ってことは――気が変わったってことだな? いずれ来るのは分かってたが、それにしても早かったなー?』
「ああ。麗音を。……周りのみんなを守る為に、俺ができる事はもう、これしか残っていないみたいだしな」
『なるほどな。半端な覚悟でここに来たって訳じゃない事はよーく分かったよ。んじゃ、御削。その覚悟を見せてくれ。オレの存在を縛るこの箱を、思いのままにブッ壊しちまってくれ』
「お前、ただ外に出たいだけじゃないだろうな」
『ご生憎様、今のオレには自由にできる身体がないんでね。魂だけじゃ何も出来ないし、しばらくは御削の肉体に宿らせてもらうから安心してくれ』
「宿るって、お前……」
『御削は確かに「適性」がある。かといって、お前の力だけじゃ、それは成し得ない。そこで天使であるオレの力が必要不可欠だ――と言っているんだ』
「……分かったよ」
自身の体に、一基の魂が入ってくる――と考えるとどこか気味が悪いと思ったが、目的を果たすのに必要ならば致し方がない。
『箱の素材が素材だ。適当に殴ってくれれば簡単に壊れてくれるはずだ』
「ああ。まあ、結局はお菓子の箱だしな」
上鳴は、近くに立てかけてあった木製の杖をお借りして、棚に飾られている定価一二〇円のお菓子の空箱に向けて思いっきり振るう。
――パリパリパリイッ! と、紙でできた箱を殴ったとは思えない甲高い音と共に、天使を封じていたその箱は容易く割れていく。
そこから飛び出したのは、金色の光。オーブのようにも見えるそれが、上鳴の体内へすうっと入り込んでいく。
「なんだこの感覚……。精神的な圧迫感というか、何というか」
『流石に一つの身体を共有するってなると窮屈だなー。ま、すぐに慣れるさ』
言葉では言い表しがたい気持ち悪さが全身に残る。そのうち慣れるとは言うが、あまり慣れたくはない感覚だ。
『んじゃ、早速出発するか、御削』
「……どこに?」
『そりゃ、魔法少女の封印をブッ壊しちまったんだ。向こうだって気付いているだろうし、いつまでもここにいる訳にはいかねえだろ』
あの魔法少女は、普段の軽い調子とは裏腹にこういった時には誰よりも真面目に魔法少女としての責務を果たそうとする。天使と堕天使が衝突したあの一件で証明済みだ。
それに、真面目な彼女は頭もかなり回るため、封印が何かしらで解除された際に通知がいくような細工くらいは施しているだろう。あの堕天使、ツァトエルの動きに喰らいつけるレベルの相手を敵に回してしまうと、流石に少々厄介だ。
『それに、御削にはこれから文字通り「王」として、一つの国を治めてもらう。その為の場所は既に用意してあるから、結局は遅かれ早かれ、そこに向かう事にはなるんだよ』
「国……、か。それって、『ファンタジー』の世界の住人を一つに集めるための国って解釈で合っているのか?」
『その通り。「王」ってのは比喩でもなんでもない、本当に一国の王として、御削が君臨する事を示していたって訳だ』
今更になって、上鳴は不安を感じてしまう。
彼に適性がある、といっても、それはあくまでファンタジーを惹きつける体質だけを指しての話だ。
それ以外は普通の高校生である彼が、果たして――束ねられるのだろうか? 今までに出会った相手だけでも、エルフや錬金術師、魔法少女。
そのうちの一人ですら、上鳴の力だけではどうにもならない相手だ。それに加えて、まだ見ぬ『ファンタジー』をも集まる国を任されるなど、あまりにも荷が重いとさえ感じる。
『だからオレは御削に力を貸してるんだ。オレとお前、どちらが欠けてもこの計画は成就しない。それを忘れないでくれ』
「……俺、何も喋ってないんだけど」
『一つの体を共有してるんだ、別に心が読めてもおかしくはないだろ?』
「の割には俺に一基が考えている内容、全く聞こえてこないんだが」
『仮にも天使であるオレの心がそう簡単に読まれてたまるかよ』
なんと不公平な、と心の中で上鳴は嘆いてしまう。その声も天河には聞こえているはずなのだが、彼は無視して話を先へ進めていく。
『これから「隠祇島」という場所に向かう。オレがさっき言った、国を建てる為に確保しておいた場所だ』
「今からか? 船とか、色々準備があるんじゃ……」
『乗り物だって? まだまだ御削も甘いねぇ。簡単なことだろ?』
直後、上鳴の背中から白く大きな翼が開かれる。
『飛べばいいだろうよ、飛べば』




