14.狂気に染まれど成すべき事
「ああああああああああ、ああああああああアあああああああああああアああああアああああ、ああアアあああああアアああああああああああアアアアあああああアアああアアアアアア、あアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
「は、はは……ま、まるでバケモノじゃないか……。仲間を傷つけられて、気が狂って、まさに人間をやめてしまった、なんて……はは」
すっかり青ざめた顔で、目の前の『バケモノ』を見つめる小柄な男。さっきまでの威勢、相手を見下すまでの余裕はどこへやらだった。
しかし、そんな反応になってしまうのも当然で、全身の血管という血管が今にも破裂してしまいそうなほどに膨らみ、ドクンドクンと脈打っていて。
さらに、全身は真っ黒に焼き焦げたグロテスクな見た目へと変貌し、その目は気味が悪いまでの紅に染まっていて。こんな異形の姿を目の当たりにして、平然さを保てる方が狂っているのだろう。
「殺s、殺skろsこrすkkkkkrrrkrkrkkkk殺お、rrン、tあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
もはやそのバケモノは、言語さえも失っていた。だが、それでもその言葉にならない声から明確な『殺意』がひしひしと感じ取れる。
『自分はこれから、あのバケモノに殺される』――そんな事を考える時間さえも与えられずに、その黒と血に染まる獣人と化した彼が、時間という概念すらも超越してしまうような速度で距離を詰める。
「……だ、だが僕にはまだこのど――」
戸破がポケットの中に隠し持っていた最終兵器、それを取り出す時間さえも与えずに。
まずは一発。それだけでは当然終わらずに、数える事さえ諦めてしまうまでの、それでいて一発一発があのハンマー程度の一撃とは比にならない威力の強烈な拳が、彼へ次々に襲いかかる。
彼には断末魔を上げる余裕さえも与えられなかった。そこにいた証として、肉塊さえ残されなかった。
もう既に何も残っていない、信じられないと思うが元々一人の男が存在したはずのその空間を、今も獣のような咆哮を上げながら、ただ怒りと狂気に任せて殴り続けている。
「……み、そぐ。もう、いいから……もとに、もどって……」
そんな彼の耳に、微かに届いたのは――人間としての尊厳を失ってでも守るべき存在、彼にとって最も大事な――少女、神凪麗音の声だった。
「……t、す、t……」
「ご、めん。あたしが……ムチャ、したせいで、こんな、こと……に……」
そこまで言って、今も多量の血液を流しながら倒れる赤髪少女の言葉は途切れてしまった。
だが、それだけで十分だった。……狂気にすっかり染まってしまった彼が今、本当に成すべき事を思い出させるのには。
「……tあ、s、け、ないと」
やはりはっきりと言葉にはならない。それでも彼は、狂気に染められてほぼ無意識状態にも関わらず、やるべき事をしっかりと見据えて、明確な目的を持って動き始めた。




