13.虚無世界の激戦、再び
「なるほどね。ここにあった道具を持っていったのは君だったんだ。わざわざ僕を尾行してまで、そりゃご苦労さま」
「そりゃどうも」
黒が延々と広がるこの世界へ飛び込むついでに、戸破裕介を思いっきり殴り飛ばした上鳴。
そのまま黒い地面に何度か叩きつけられた彼だったが、とっさに立ち上がって強気な態度を崩さないその姿を見るに、どうやら見かけ以上にタフらしい。
「でも、残念。僕がメインで使っている道具はまた別の場所に移してあるんだ。そう、このポケットの中に、ね」
言いながら、戸破は制服のブレザー、その内ポケットに右手を突っ込むと――そこから取り出したのは、決して中に収まるはずもない大きさの白いハンドガン。
最初に彼と戦った際に、あの《刻限の指針》や《反転電波塔》といった道具をどこから取り出したのか、疑問に感じていたのだが……どうやらあのポケットに、《虚無世界行き鉄杖》でまた別の空間を作り上げていたらしい。
以前は、校舎の中だったせいか、ソニックブームを起こすという破壊力に思わず相手も躊躇ってしまった白い銃だが、今は違う。
どれだけ暴れようと、何なら相手を殺してしまっても、この場所なら関係ないのだから。
取り出しざまに、戸破はその引き金を引く。同時――ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!! と轟音を立てながら、音速を超えた衝撃波が上鳴に向けて一直線に放たれる。
対して、上鳴はその右手に握る白い鉄製の杖《虚無世界行き鉄杖》をひと振り。黒い世界にもう一つ開いた、更なる虚空の世界へとその攻撃を受け流す。
「ああ、その杖に二つ目があるのは予想外だったよ。でも、僕の道具は別にこれだけじゃない」
白いハンドガンをしまい、代わりに取り出したのは――巨大な赤いハンマーだった。右手に持ち、上鳴を見据えて構える。
彼の身長と同じくらいの大きさで、どう見ても常人が片手で持てるような質量ではない。が、現に目の前で軽々と持てているのがきっと、比良坂の錬金術によって付与された効果なのかもしれない。
だが、効果がそれだけなら、錬金術によって生み出された道具の中では比較的相手にしやすいとさえ感じる。あくまで軽々と振るう事ができるだけの、ただの武器でしかないのだから。
戸破は赤いハンマーを上鳴に向けて一撃。振り上げただけでも風を切るような凄まじい音が聞こえたのだが、あれが一気に振り下ろされる――と考えると恐ろしい。軽々と扱えるうえに、質量は据え置きとなれば、一撃もらうだけでも致命傷だ。
しかし、圧倒的破壊力の代償かリーチは短いようで、あくまで普通の高校生でしかない彼であっても何とか避けられるのが救いか。
そのまま後ろへと下がり、相手との距離を取った上鳴だったが……一方、戸破の顔には笑みが浮かんでいる。
「どうやらこのハンマー、モチーフになった武器があるらしいんだよ。ま、元の性能とは雲泥の差だけど。ミョルニルって、聞いた事くらいはあるよね」
上鳴も、その名前くらいは聞いた事がある。ゲームやアニメだったりでよく登場する、伝説の武器だったか。
だが、その詳しい性能までは知らなかった。当然、その赤いハンマーの正しい使い方も。
「このハンマーはね、こうやって使うんだよ」
その瞬間。ゴウウウウウウウウウウウウウウウッ!! と空気をも震わせるスピードで、そのハンマーが彼の右手から投げられた。
プロの野球選手も顔を真っ青にして逃げていくまでの剛速球――いや、槌だ――流石の上鳴も、それを目視してから避けるなど不可能だ。
「――ごぼああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」
正面から腹部へ、強烈どころの騒ぎじゃないまでの打撃が叩き込まれる。一瞬、意識が飛びそうにもなったが、激しい痛みの中を何とか持ち堪えて再び立ち上がる。
一方、投げられたハンマーは、いつの間にか戸破の手元へと戻っていた。……つまり、もう一度そのハンマーを投げることができる。
そう。ミョルニルとは、投げる事で真価を発揮する武器だった。
「ここなら証拠だって残らないし、殺してしまっても構わないんだ、そっちから来てくれてむしろ好都合だったよ。……証明しよう、この世界の主人公は、この僕だって事をッ!」
再び投げられたそのハンマー。上鳴にはそれを目で見て避けるのは不可能だ。ほとんど勘で、その一撃を避けようと横に飛んだ所で――バキバキバキバキイイィィッ!! と、硬いものが粉々に砕け散る音が、黒一色の虚無世界に響き渡る。
だが、それは上鳴の身体――ではなかった。本来、粉々にされるはずだった彼の視界には、逆にバラバラにされてしまった赤いハンマーが、漆黒の地面へと落ちている。
「はあ、まったく……見てられないわね」
あのミョルニルを元に作られたらしい、そのハンマーを粉々にした張本人。その側に降り立った、赤い手足に、凶器となる黒い爪を携えて、深紅色の翼を大きく広げた赤髪にルビー色の瞳の少女がまったく呆れたように呟く。
「れ……、おん?」
「なーに腑抜けた声出してんのよ。仮にもこのアタシのパートナーなんだから、この程度、軽々とひねり潰しちゃって欲しいところだったんだけどね」
言いながら、突然現れた神凪は地面を蹴り、翼をはためかせた推進力も利用して、一気に戸破との距離を縮める。
「事情は詳しく知らないけど、とりあえずボコってから話を聞いても遅くないわよ――ねッ!」
そして、神凪の赤い右拳から放たれるストレートが、彼を思いっきり殴り飛ばす。
「う、うわあああああああああああああああああああああああっ!?」
さっきまでの態度とは裏腹に、ひどく素っ頓狂な声を上げながら飛んでいった。……ように思えた。が、上鳴は見逃さない。彼の表情にはまだ、どこか余裕が残されていたのを。
そして、上鳴は気づく。
「……なぁんてねぇ?」
「――麗音、危ないッ!」
神凪に殴り飛ばされたと同時に、ポケットから小型で球状をした、どうせ物騒な事象を引き起こすのであろうその物体をいくつか放り投げていたことに。
「え? 御削、いきなりどうし――」
神凪の左肩付近で漂っているそれに、彼女はどうやら気づいていないようで、その球体をなんとかして退かそうと上鳴は咄嗟に走る。が、ただの高校生が痛みに耐えつつ走った所で間に合わない。
その得体の知れない球体は、やがて白い光を放ちながら膨張すると、その直後。
――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
耳の鼓膜が破けてしまってもおかしくないまでの轟音と共に、大爆発を巻き起こす。
「――麗音ッ!!」
彼の叫びに対して、帰ってきたのは――びちゃりと。やけに生温かい、どろりとした液体が、彼の顔面へと降りかかるだけだった。
これは間違いない。……あの爆風に巻き込まれた、神凪の、鮮、血……!?
それに気が付いた瞬間、彼の意識は一気に遠くへ飛んでいき――。




