11.もう迷わないよ
流石に三日連続で用事というのも怪しまれるだろうし、あとは比良坂たち錬金術師による《虚無世界行き鉄杖》の完成を待つだけなので、久々に神凪と共に、学校近くの喫茶店にやってきた。
まあ、久々といっても二日なのだが……色々とありすぎたせいか、どうにも長く感じてしまうのだった。
「で、御削。昨日と一昨日の用事って結局なんだったの? まさかと思うけど、また面倒なコトに巻き込まれていたんじゃないでしょうね?」
「そんなにしょっちゅう巻き込まれたりしないよ、流石に。俺が『ファンタジー』を引き寄せる体質だとは聞いているけど、それ以前に俺はただの高校生だし」
というのは嘘で、今も比良坂の道具を手にした男、戸破祐介の件に振り回されているのだが、この話を知ればきっと神凪は首を突っ込んでくるに違いない。
確かに神凪がいれば心強いのは確かだ。だが、毎回彼女に頼りっぱなしではダメだ。
この体質のせいで、ここ最近はやけにこういったトラブルに巻き込まれる事が増えてきた。だが、その度に神凪の力を借りる訳にもいかないだろう。
「ふうん。ま、深掘りはしないでおくけれど。明日からはどうせヒマよね?」
「どうせってなんだ。実はあと一日くらい、忙しい日がある予定だけど……ある程度は落ち着いてきたから、大丈夫だよ」
この件だって、解決の糸口はもう見えている。神凪には嘘をついてしまって申し訳ないとは思うが、今回ばかりは一ミリたりとも、彼女を巻き込むつもりはないのだ。
「そうだ、話は変わるんだけど」
ふと、上鳴は今の話題から逸らすように――昨日からずっと考えていた、相手が神凪だからこそ相談できる――そんな話を切り出す。
「麗音。俺は改めて、この世界には実に色々な人たちがいるんだって知った。俺が直接見ただけでも、エルフに錬金術師、魔法少女に天使と堕天使まで。もちろん、麗音のような存在だって。生まれた時は全くの無縁だった人でも、何かのキッカケがあればファンタジーな世界へと引きずり込まれていってしまう。そうなったら、少し前までのようなトラブルはきっと絶えないだろうと思うんだ。そこで」
そう、上鳴には適性があると、彼自身も聞かされていた。永遠の安寧をもたらす『神族化』の第一歩となる、不安定なファンタジー的存在を束ねる王としての。
一度は間違っていると突っぱねた。しかし、あれから時間が経ち、大きなキッカケとしては現在進行系で巻き込まれているこの騒動だろうか……彼は次第に、その考えがゆらぎ始めていたのだ。
「それらを一つに束ねる存在。『王』ってやつは――やっぱり必要、なのかな」
「……御削。アタシはね」
神凪の表情が変わる。さっきまでの緩んだ表情から一転して、ルビー色が光る真剣な眼差しと、どこかシリアスな顔つきへ。
そして、彼女は冷静に語る。
「色々とトラブルに巻き込まれたりもするし、決して穏やかとは言いがたいけど。でも、そんな今の日常にはアタシ、意外と満足しているの。これ以上なんて別に求めてないし、御削が体を張って、世界について首を突っ込む必要なんてない。ただ、この日常から、御削が離れていくのはイヤ。……これがアタシの、個人的な意見」
「そっか」
世界や、その取り巻く環境については確かに大事だ。だが、彼にとって一番大事なのは当然、神凪の気持ち、想いが最優先。彼女に比べれば、世界なんて二の次でしかない。
よく考えてみれば、わざわざ訊くまでもない、実にくだらない内容だったようだ。
「変な事を聞いちゃってごめん、麗音。もう迷わないよ」
最近、彼の適性。ファンタジーを惹きつけ、束ねる才能を活かす『王』という役目を果たすべきなのでは、と思ってしまう事が多々あった。だが、もう彼の心は決して揺るがない。神凪を悲しませてしまう――それは彼にとって、世界の滅亡なんかよりも重大で、悲劇的な事だと感じるからだ。
彼は決して主人公ではない。世界を救う? 安寧をもたらす? そんな大それた事は、それこそ天使や堕天使といった、本当に力を持つ存在が担い、考えるべき事なのだろう。




