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8.比良坂にとっての成長

 魔法少女はまた敵が現れたらしく、もう一度颯爽と窓から飛び去っていき、錬金術師二人だけが残された部室にて。


「それで、本題なんですけど……」


 比良坂(ひらさか)の悩みというのは、自らの過去についてだけではない。


 現在進行形で、以前彼女が《破滅の錬金術(ロヴァス・アルケミー)》で生み出した道具が悪用されているらしい。それを解決するために、こちらもまた――《虚無世界行き鉄杖(ニューディメンサー)》という道具を用意する必要がある。


 だが、彼女一人の力だけではどう足掻いても、この世界と一面の黒が広がる別世界とを繋ぐ、人智を超えたその道具を完成させる事はできないだろう。……もう、一人で抱え込む必要だってないのだが。


「空間と空間を繋ぎ合わせる道具……。(ふう)の知識、その断片を繋ぎ合わせるとして、一体どこから手を付ければ良いものか」


 その道具が持つ力から考えれば当然ではあるのだが……《虚無世界行き鉄杖》という道具を構成する要素、その一つひとつであらゆる知識――空間という概念から、それらを捻じ曲げる方法論まで――は前提として、それを再現するための高度な技術も同時に要求される。


 先輩錬金術師である七枝(ななえ)でさえも、アドバイスなんてもってのほか。自分で作れと言われても手の届かないであろう、それほどまでの領域だった。


 そんな時、二人の元に直接脳内へ響きわたるような声が飛び込んでくる。


『だったら、俺の知識が役に立つかもしれねえ。空間を繋げるのとはまた違うが、アレは空間そのものに干渉する力だ。原理自体はそう変わらんはずだ』


 その声が放たれたのは、このオカルト研究部で監視という名目のもと保管されている、二つの魂のうちの一つ。キノコをかたどったチョコレート菓子の箱からだった。


 その中に封印されている『堕天使』はいつも突然、話しかけられるとはまた別の感覚で声を飛ばしてくるので、この不思議な箱と一緒になってから一ヶ月も経つがいまだに慣れる気はしない。普通に背後から声をかけられるのとは違った、なんとも落ち着かない感覚だ。


「堕天使、『アレ』とは?」

『ああ、錬金術師組は知らねえか。あのグラウンドが今も立入禁止になっている原因、正体不明の黒い物質。アレは俺の『空間そのものを無に還す』力……《ベンテローグ》による副産物だ』


 比良坂と七枝、錬金術師の二人はその場にいなかったので知らずとも当然なのだが……天使と堕天使の衝突。


『その目的の場所と繋げられるほど器用な事はできねえが、空間を操るための知識くらいなら力になれるぞ?』

「へえ。あの堕天使が、ウチらの問題に協力するなんてねえ? 一体、どんな風の吹き回し?」

『なに、ただの気晴らしだよ。この箱の中にいるのが退屈でしょうがねえだけだ。……ま、封印しやがった側は気にも留めてさえいないんだろうが。それに――いや、余計な事は言わないでおこう』


 彼をお菓子の空箱へと封印した魔法少女はいないうちにと、ツァトエルは鬱憤晴らしのようにあえて一部分を強調した。が、二人は面倒なのでそれをスルーして続ける。


「とにかく、空間操作についての知識さえあれば、まだ希望が見えなくもない。かな」

「ですねっ、それを錬金術でどう形にしていくかが一番の問題ですけど、全くの手探り状態よりはまだ……」


 手がかりゼロで、何から始めれば良いか分からない。……そんな状態からのスタートよりはずっとマシだろう。空間についての理解を深めていくにつれて、新たな活路だってこれから見つかる可能性もある。


 上鳴から引き受けたは良いものの、どうせ無理だろう――正直なところ、心の中ではそう思っていた比良坂だったが、心強い仲間がいるという事に気がついてからは、本当にいつの間にか。そんなネガティブな考え、思考へと至らなくなっていた。


 以前までの自分では考えられない、ある意味錬金術そのものよりも大きな、彼女にとっての『成長』とも言える。

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