6.一歩を踏み出す勇気
上鳴から、かつて自身で生み出した道具が悪用されていると聞き、こうしてはいられないとオカルト研究部の部室に戻った比良坂楓。しかし、その解決のために必要な道具もまた、過去の自分が生み出した道具だという。
《虚無世界行き鉄杖》――あれは《破滅の錬金術》という、今まさに彼女が真っ当な錬金術を学んでいるからこそより実感するが、寿命を代償にズルをするかのような力があってこそで、そのうえで。レシピ本に書かれていた通りに作ったからこその産物。
もう《破滅の錬金術》に頼らないと決めた今の彼女が、その力やレシピもなしにやすやすと生み出せるような道具ではないのは明らかだ。
(……それでも、やらなきゃ。わたしが無闇に生み出した道具のせいでこうなってしまった。だから、できるかどうかは置いておいて――まずは挑戦しないと)
言うまでもなく、空間を操るその道具は《破滅の錬金術》の力を以ってしても常軌を逸した難易度を誇る。だが、もうあの力には頼れない。
それはすなわち、過去の自分が成功させた最高難度の調合を、今の比良坂が持つ力だけで成功させる。……つまり、過去の自分を超えなければならないのだ。
(でも、今のわたしにそんな力があるとは……)
錬金釜に向かい、調合に集中している七枝の姿を見ながら比良坂は考える。
正直、一生掛かってもあの禁忌の力に並べる確証さえない。ましてや、あの一件からそう時間の経っていない今では、どれだけ背伸びをしても届かない。それほどまでの領域。
どこから手を付ければ良いのかと、一人、抱え込んてしまった比良坂の元に優しく声をかけたのは、さっきまで何かの調合をしていた先輩錬金術師である七枝蓬だった。
「どうした? 悩み事なら一人で悩まずに相談すべき。私が力になれるかどうかはともかく、話すだけでもきっと楽になるはずだし」
「……蓬先輩」
悩み事といえば、今回作る事となった《虚無世界行き鉄杖》についてだけではない。彼女にとってはさらに根本的な悩みでもある、錬金術と出会うキッカケにもなったあの一件は、未だに上鳴や神凪といった当事者以外には話せていなかった。
比良坂は恐かった。……真っ当な錬金術師にとって、ズルをしてここまでやってきた比良坂は忌み嫌われる対象として見られても不思議ではない。初めての錬金術師としての先輩、七枝蓬に拒絶されてしまうという展開が、可能性が恐ろしかったのだ。
あまりに自分勝手で、わがままな考え方に、心底自分が嫌になってしまう。
だが、比良坂はふと思う。自らの過去を隠さずに、その全てを受け入れる。それも成長に繋がる一歩なのではないかと。この過去をいつまでも引きずっていては、永遠に過去の自分を超える事はできないんじゃないか、と。
だが、その一歩を踏み出せるとすれば今、この瞬間かもしれない。この機を逃せばきっと、もう二度と話せなくなってしまう。そんな気がした。
少なくとも今は、比良坂にとって七枝蓬とは優しい先輩だ。だが、比良坂の過去を知れば、そんな先輩も自分の元から離れてしまうだろう。それでも、彼女は――この、弱い自分に別れを告げたい。今のままでは、一生掛かっても過去の愚かな自分は超えられないだろう。
――覚悟を決める。
「先輩。わたし、ずっと隠してきたことがあるんです」
「……その真剣な表情から察するに、きっとキミにとってあまり良くない内容かな。でも、私はどんな内容でも受け止めるよ。話してごらん」
七枝のあたたかな言葉で多少話しやすい雰囲気になったところで。比良坂は自らの過去、錬金術に出会ったキッカケであり、今の彼女を形成している、《破滅の錬金術》という禁忌の術を巡った経験を語る。




