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5.新米錬金術師の覚悟

 その日の放課後。上鳴(うわなき)は、神凪(かなぎ)に用事があると告げると、なんだか不機嫌そうにして拗ねてしまった彼女を何とかなだめて。その後、ある部室へと向かっていた。


『オカルト研究部』……部員は二人の錬金術師と、一人の魔法少女のみではあるが、幼馴染である比良坂(ひらさか)に話を聞く限りどうやら毎日楽しく活動しているらしい。おまけにお菓子の箱に封印された天使と堕天使がペットのように扱われているという、なんとも変わった部だ。


「いらっしゃーい、って、上鳴くん? キミがわざわざこんな所まで来るってことは、何かあった?」

許斐(このみ)先輩。ええ、まあ……ちょっと(ふう)に用事があって」


 そんな部室に入ると、出迎えられたのはあまり馴染みのない制服姿をした、彼にとっては一つ上の先輩である許斐櫻(このみ さくら)。普段は戦っていない時でも魔法少女姿でいることが多いので、一瞬戸惑ってしまったがよく考えればこちらが正常である。


 少し前に、堕天使の攻撃に真正面から飛び出すという無茶をして、誇張表現なしに殺されかけたあのとき。寸前の所で命を救ってもらった恩人でもあり、それがキッカケで会えば軽く世間話をするくらいの関係性だ。


 そんな二人の会話に耳を傾けていたのか。上鳴が用のある、引っ込み思案で――最近はこの部のおかげか少しずつ改善しつつあるのだが――幼馴染の少女、比良坂楓が、部室の奥にどどんと置いてある錬金釜の方からやってくる。


「あっ、御削くん。用っていったい……?」

「んー、流石にここで話せるような内容じゃないか。ちょっと場所を変えたいんだけど時間は大丈夫かな、楓」

「うんっ、わたしは大丈夫だけど……」


 上鳴の神妙な面持ちを前に、身構えるような仕草の比良坂。だが、それほどの事態が起こっているのだろうと察した彼女は、何か言いたげではあるもののそっと心のなかに留めておくのだった。



 ***



「楓が前に作った道具は全て、あの裂け目の先に広がっていた世界へ杖ごと置いてきたって話を前にしたのは覚えてる?」

「うん。忘れるわけがないよ。……いや、忘れちゃいけないんだ」


 《破滅の錬金術(ロヴァス・アルケミー)》によって、比良坂はこの世界の法則さえ塗り替えてしまうほどの、ありとあらゆる道具を生み出した。そして、それらを用いて上鳴と神凪、二人を相手にして――あれほどの道具があって尚、彼女は敗北した。


 そのまま意識を失ってしまった、その間の話だ。《虚無世界行き鉄杖(ニューディメンサー)》によって繋がった、黒だけが広がる世界。そこには数多くの錬金術によって作られた道具が保管されていたが、そことこの世界を繋げるための道具、それ自体を黒の世界へと封印した。もう一度、比良坂が同じ杖を作らない以上は永遠に誰も触れられないはずだ。


 だが、上鳴はその安心をことごとく打ち壊す。


「さっき話した、今日の昼休みに見たケンカ。同じ高校の生徒なんだけど、何らかの方法で封印した道具を持ち出されてしまって。今もそいつの手に渡っているんだ」

「そんな。わたしの作った道具が……?」

「まだ確信はないけど、俺も見覚えのある道具ばかりだったし、十中八九間違いないはず」


 あの時、彼が使っていた道具。突き刺した物の時間を巻き戻すレイピアに、ソニックブームを巻き起こす白色のハンドガン。物体の動きを反転させるアンテナも、どれも彼はその身をもって知っている。


 同じくその男も実は錬金術師で、同じ術を用いている以上はその道具を再現できないとは言い切ることはできない。だが、これが偶然と考えるにはあまりに都合が良すぎるので可能性としては除外してしまっても構わないだろう。


「……わかった。その人から道具を取り戻すのなら、もちろんわたしもついて行く。今のわたしでも、簡単な爆弾くらいなら調合できるし、きっと足手まといにはならないはずだからっ」

「いや、楓は来なくてもいいんだ。あの男を倒して、どこで見つけたかを聞き出すくらいなら俺だけで事足りるだろうから」

「えっ? でも、あの道具を作ったのはわたしだから、このまま黙って見ている訳にも……」

「いや、楓には――調合をお願いしたいんだ」


 それこそが上鳴の、比良坂に対する『用』でもある。……続けて彼は、ある道具の名前を口にした。


「《虚無世界行き鉄杖》を」

「……え?」


 その道具の名を聞いて、比良坂はその場で固まってしまうが無理もない。比良坂は自分で言った通り、簡単な爆弾を調合する程度の実力はあるが、世界と世界を繋げるという物理法則を捻じ曲げるような域には踏み込むどころか、背伸びしてジャンプしても触れることさえ叶わない領域だ。


 だが、あの男が封鎖された世界から、比良坂の道具を取り出した手段といえば、同じく空間と空間を繋げ合わせる何らかの術を持っているに違いない。……最も有力な可能性を挙げるならば、比良坂が作り出したオリジナルの鉄杖だろうか。


 仮に、その男を倒し、本当の事を全て話してくれるというのならば、《虚無世界行き鉄杖》は必ずしも必要にはならない。だが、相手が本当の事をキレイサッパリ話してくれるという確証はどこにもない。それに、世界と世界を繋げる術単体でも、十分に厄介な力だった。


 そこで上鳴は、相手と対等な立場へと登り詰める為に、こちらもあの黒い世界に干渉する術が欲しかったのだった。


「いきなり無理難題をお願いしてしまう事になるけど、楓。大丈夫かな」


 そんな上鳴の質問に、比良坂は少し悩んでから――やがて、強い覚悟を決めた表情を浮かべ、いつものおっとりとした口調ながらどこか芯の通った声で。


「……やるだけやってみる。あんまり期待はしないでほしいけど、でも、わたしだって原因の一端を担っているんだもん。このまま黙って見ている訳にはいかないから」

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