3.まるで物語の主人公のよう
「な、何をするんだっ!? ……ははあ、もしかして。僕の使っているこの道具、君も欲しいのかい?」
嘲るような口調の、白いハンドガンを握る小柄な男に対して上鳴は、顔色一つも変えず、冷静に返す。
「どこで拾ったかを聞いている。さっさと吐いてくれれば悪いようにはしない」
しかし、その男にとっては唯一のアイデンティティである、不思議な力を持つ道具。その在り処を簡単に教えてしまえば、それは彼だけの特権ではなくなってしまう。
そう分かっていた上で、しかし道具という自分を優位に立たせる存在で気が強くなっていた彼は――。
「そう簡単に教えられると思うかい? 知りたいなら、僕を力尽くで止めてくれれば教えてあげるよ。まず、この僕を止められるなら、だけどね」
言いながら、彼は白いハンドガンをこちらに向ける。その表情には格下を見下すような視線と笑みが溢れていたが、しかし上鳴は一切動じずに。
「……どうせお前には、その引き金を引く度胸もないんだろ。この学校の屋内でそれを使えば大騒ぎになる。それを分かったうえで、俺を撃つ覚悟が――お前にはできていないんだから、脅しにもなっちゃいないッ!」
だっ! と飛び出すように上鳴は、人の寄り付かない廊下で、殴り飛ばした彼との距離を再び縮める。
「チッ、効かないのか。だけど、僕にはまだこれがある」
彼がおもむろに、制服の裏側から取り出したのは――また彼も知っている錬金術の道具で、彼も一度、その体を突き刺された経験のある、銀色のレイピアだった。
名前は確か……。
「《刻限の指針》ッ!」
一体どうやって隠し持っていたのかは定かではないが……予想はしていたものの、あの男に渡っていた錬金術の道具はどうやら白いハンドガンだけではないらしい。
上鳴にとっては、あのハンドガンのような、超火力を持つ武器を向けられるよりも分が悪い。そもそも《刻限の指針》は、傷も痛みもなく、突き刺した物や相手、そのものの時間を戻すことができる道具。
派手な音もなく、一切の証拠さえも残さずにこの状況を乗り切るとすれば、彼にとってはこれ以上ない道具だろう。
だが、同時に――白いハンドガンだけではなく、知っている道具がいくつも出てきた事で、やはり相手は何らかの方法で比良坂の道具を手に入れただけの存在だと確信できた。
《破滅の錬金術》に関する一連の事件は、彼もまた部外者ではない。あの黒しか存在しない空間に、その空間と世界を繋げる『杖』ごと封印した瞬間に立ち会っているのだから。
「へえ。これ、《刻限の指針》って言うんだ。元の持ち主だか知らないけど、それでもこれはもう僕の力だ。今更返してほしいと言われても困るんだけどッ!」
彼もそのレイピアを相手にするのは初めてではない。使い勝手もまだ分かっていないのか、勢いのままに放たれただけの突きは動きも読みやすく、普通の高校生である上鳴でさえも簡単に避ける事ができた。
道具の使いこなし具合で言えば、元の持ち主でありその道具を作り出した張本人である比良坂の足元にすら及ばないので当然だろう。
その《刻限の指針》を上から殴り、弾き落とす。
「さて、この道具。どこで見つけたのか吐いてもらおうかッ!」
上鳴の、体重と勢いを乗せた拳が、小柄な男に触れようとした――その直前だった。
武器を落とし、圧倒的不利な状況に立たされているはずの小柄な男は、それでも勝ちを確信したかのような乾いた笑いを浮かべていた。
「今、この世界は僕を中心にして回っているんだ。不思議な道具を拾って、散々イジメられていた僕が逆の立場に返り咲いて。これが物語の主人公じゃなければ何なんだろうね? つまり、そういう事だよ」
そんな彼の左手には、いつの間に、何処からか取り出していた、小さなアンテナのような見た目の道具がぎゅっと握られていた。
確かあれは――以前、比良坂とあの黒い世界で戦った際二彼女が放った、絶対に避けられないと諦めかけていた爆弾の雨、その全てを跳ね返した道具である《反転電波塔》。
それによって跳ね返された物が、上鳴の身体へグサリと突き刺さる。……それは、突き刺した物の時間を戻すレイピアの《刻限の指針》だった。
次の瞬間、彼の姿がその場から一瞬にして消え去った。
***
次に上鳴の視界に映った光景は、見慣れた自室の天井だった。
この状態にもどこかデジャヴを感じてしまうが……って、ちょっと待て。彼だけの時間が巻き戻ったという事は、だ。
部屋にかけてある時計を見ると、時刻は一二時五〇分を指し示していた。
「って、おいおいおいおい! 次の授業、完全に遅刻じゃねえか! せめて巻き戻すのは一時間前くらいに、学校の中からスタートにしておいてくれよ、くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
気づけば彼は、全速力で再び学校に向けて走り出していた。




