終幕 上鳴御削の回答
もう学生は全員帰り、おそらく残業中であろう教職員しか残っていない高校の。夜のオカルト研究部、その部室のドアの前に一人の学生が立っていた。
「ったく、なんでこんな時間に……」
あの公園で、神凪から聞いた話。その『回答』をするために、彼は再び学校までやってきた。本来なら学生はもう入ることの出来ない時間ではあるのだが、課題に必要な忘れ物をしたとのていで中へと入ったのだ。
『午後八時、オカルト研究部の部室にて答えを聞く。鍵は部員に頼んで、開けて帰ってもらうから気にしなくても良い……って、天河からの伝言』
神凪に伝えられた通りここまでやってきた。聞いていた通り鍵はしっかりと開いていて、嘘をついてまでこんな所にいるのが教師に見つかってしまえば面倒なので、部屋の照明は点けずに中へと入る。
「……あった。あれ、天河ってどっちの箱だったっけ?」
『タケノコの方だ、御削』
「うおっ、いきなり脳内に直接語りかけてくるんじゃねえ!」
あまりにも突然、人に話しかけられるのとはまた違う妙な感覚に襲われたので、思わず彼は声を上げてしまった。
『チッ、こんな夜にうるせえなあ。いい加減テレパシー越しの会話にも慣れとけよ』
「慣れろって言われても無理があるだろ、流石に」
『ツァトエル、今はお前の出る幕じゃない。少し黙っていてもらえるかな』
お菓子の箱に封印された天使である天河一基は続けて。
『こんな所に幽閉されてしまった以上、長々と話はできないからなー。自由には動けないし、隣にも邪魔な堕天使がいることだし、だからこうなる前に事情を話していた神凪に説明を任せて、オレは御削をここに呼び出して答えを聞く……というちょっと回りくどいやり方を取らざるを得ないって訳だ』
『おいコラ邪魔とはなんだ、邪魔とは』
「キノコの方、これ以上うるさくするなら箱ごと地面に埋めてくるけど」
彼の言葉を皮切りに、お菓子の箱に封印された『キノコの方』ことツァトエルはすっかり黙ってしまった。堕天使とはいえ、魔法少女によって封印されている今、自由に動ける人間相手には無力なのだ。
『さて、早速だが答えを聞かせてもらおうか、御削』
上鳴御削が、神凪から聞いた内容。それは、この世界を不安定たらしめる『ファンタジー』を一つに束ねる、一国の王となる事だった。
彼の持つ、あらゆるファンタジーを惹きつけるという体質があれば不可能ではないらしい。そして、最終目標として――安定した世界を、さらに『神族化』という過程を経て、永遠の安寧を確立させる。それが天使として、天河が持っている考えらしい。
話を聞いてから、その後も自分で考え抜いた結論。それは。
「――断る」
『……理由を聞かせてもらおうか。永遠の安寧を約束する、という話は聞いてるんだろ? 御削が王になれば、この世界はまた一歩、完全な物に近づける。それなのに、何故?』
「俺がファンタジーを束ねる王になって、この世界を天界の一部とするのに相応しい、安定した世界にして。『神族化』とやらで世界そのものが天界の加護を受ければ、永遠の安寧を手に入れられる――って話だったっけ。でも」
上鳴は、続けて。
「その安寧を壊したのだって紛れもない、お前ら天使と堕天使のケンカだろ。それでいて、永遠の安寧だって? そんな奴らの言葉を信用できるほど、俺はバカじゃない。それに――」
少々考える間の後に、上鳴は続けて。
「天界の一部になる? それだって、言い方を変えているだけで実質的な『支配』だ。天界の加護とか言われても俺にはイマイチぱっとしない。でも、それが本当に永遠の安寧に繋がるとも思えない。これが俺の答え。それじゃ」
それだけ言い残すと、上鳴はさっさと部屋を去って行ってしまった。
『……ぐうの音もでない、か』
『ま、そういう事だ。「神族化」なんて天界のやり方に賛同できるのなんて、天界のパーツと化したお前ら、天使くらいって訳だよ』
『オレだって、この回答を予想をしていなかった訳じゃない。現段階での、彼の意思を確認したかっただけだしな。なに、いずれオレのやり方へ賛同する事になるだろうさ。ここでどう答えようと、ファンタジーを惹きつける彼の体質、それ自体は変わらないんだし』




