17.すっかり騒がしい部室の一頁
ある高校で起こった、天使と堕天使の衝突による大騒動。その爪痕はかなり大きく、数週間経った今でも主戦場となったグラウンドは立入禁止になっている。
正体不明の黒い物質や、激しい争いによってえぐられた地面、壊された構造物やらの復旧の目処は未だ立たないらしい。屋内の損傷は、ある魔法少女が無理やり傷を塞いだりして事なきを得たのだが……屋外はといえば、未だに手付かずだ。
特に、黒い物質に関しては専門家が学校を訪れての検査なんかも行われていたらしいが、それでも片付けの目処は立っていない。傷の浅い屋内はともかく、グラウンドが未だに立入禁止となっているのは、この正体不明で危険度も計り知れない黒の物質によるものが大きい。
そんな大騒動を起こした張本人である二人はといえば――件の高校内にある、部員三名でひっそりと活動している『オカルト研究部』の部室にいた。
『おい、俺は堕天使だぞッ! なんでこんなお菓子の箱なんかに閉じ込められなきゃならねェんだよッ! 聞いてるかおい魔法少女、テメエだよッ!!』
『はあ。全く、お前はいつまでそう騒いでいるつもりなんだツァトエル。オレも最初は困惑したが、慣れるとそう居心地も悪くはないだろー?』
『落ちこぼれのテメエにはお似合いの箱だろうけどよッ! 元とはいえ天使だった頃は首席卒業、堕天した後もまあ裏で色々と計画を進めてた、エリート中のエリートであるこの俺が、何故! 定価一二〇円のお菓子の箱なんかにッ! 封印するならするで、もっとこうあっただろうがッ!!』
オカルト研究部の部室、その棚の上には何故か、山と里でちょっとした戦争が巻き起こっている有名な二つのチョコ菓子が双方対立するように飾られていた。
そして、その箱からはそれぞれ声が響いている。……といっても実際に箱から音が出ている訳ではなく、周りの人に向けたテレパシーによる――つまり、脳内に直接語りかけているらしいが――聞こえ方にはそう違いはないので正直どっちでも良い。
「ごめんごめん、たまたま持ってた箱がこれしかなかったからさー」
「……櫻。出たゴミをとりあえず収納してそのままにするクセ、まだ直してなかったの?」
新入部員である錬金術師に、先輩として色々教えていた彼女、七枝蓬がふと振り返って口を挟んでくる。
「あっはは……、まあ、おかげでこの二人を封印できたんだし、結果オーライってことでね?」
魔法少女である彼女の力で、悪しき魂や存在を箱に封じ込む事ができる。のだが、その箱というのに明確な定義はないらしく、ご覧の通りお菓子の空箱なんかでも封印できてしまうらしい。
機能的には問題ないと許斐は言うが、見た目的にはとても不安でしかない。
比良坂に錬金術を教えていたが、やがて調合が始まると邪魔するのも悪いので、その場をそっと離れて彼女が言う。
「それにしても、少し前までは私と櫻、二人だけで静かだったこの部もいつの間にか騒がしくなった訳だけど」
ほんの数週間前までは、新入部員である比良坂も、箱に閉じ込められた天使や堕天使もいなかった。
二人だけだった頃の静けさはもう帰ってこないだろうと思えば、七枝はどこか寂しい気持ちもあった。
「蓬は、今の騒がしさが不満なの?」
「……ううん、これはこれでアリ。まあマトモな人は誰一人としていないけれど、それはそれで面白いよね」
お菓子の箱に閉じ込められた、しょっちゅう言い合いを始める天使と堕天使。
そして、新入部員である錬金術師、比良坂楓。彼女は一見、何の変哲もない普通の少女のようだった。しかし。
七枝が初めて彼女に錬金術を教えた際には、その才能の片鱗を感じてはいた。
「……できましたっ! 蓬先輩のレシピ通りに作っただけですけど」
「それ、結構難しい調合のはずなんだけど。この私ですらレシピを思いついてから、形にするまでに一ヶ月は掛かったんだけど」
まあいくら才能があっても無理だろうと思って渡したレシピを、比良坂は一応先輩であるはずの七枝を上回る勢いで次々と完成させていってしまう。
これだけの、才能という一言で片付けてしまうのには無理がある人間を、マトモと評するには少々無理がある。
だが、そんな彼女も彼女でどこか、思うところがあるのだった。
(……わたしは一度、ズルをしてしまった。その分を取り返すために、もっと頑張らないと)
心の中に秘めた思い。比良坂はまだ、あの《破滅の錬金術》に関わる出来事を七枝には話せていない。あの力には頼らずとも錬金術師としてもっと立派になれたら。もっと具体的に言うならば、ある『道具』を自力で調合できた時には、彼女が過去に触れた禁忌の力について、話そうかと考えている。
その頃にはあの黒歴史ですら、胸を張って誇れる、彼女を彼女たらしめる歴史の一ページとなっているはず。……そう思えるからだ。




