16.戻りし平穏にまた迫る影
天使と堕天使の戦いが終わり、その翌日。
上鳴と神凪の二人が、いつもの高校近くにあるカフェで談笑しているのが、普段通りの日常に戻ったと再確認させられる、そんな光景だった。
「御削、ムチャはもうこれっきりなんだからね? 確かに、あの状況で御削が戦ってなかったら、あのツァトエルとかいう男がさらに大暴れしていたかもしれない。起こらなかった未来の話なんて、アタシには想像もできないわ。でも、これだけは言える。あんなバケモノと戦うなんて、どう考えても無謀だった」
「……仕方ないだろ。麗音を傷つけたあいつらが許せなくて、つい」
「その気持ちはもう、とーっても嬉しいんだけどね。でも、アタシの血にまた触れて、天使と堕天使のケンカに首を突っ込むなんて――本当なら命がいくつあっても足りない状況って分かってる?」
「……いや、麗音の血に触っちゃったのはまあ、不可抗力だしさあ」
本来なら、《竜の血脈》を継いだ彼女の血に触れればたちまち、その狂気に呑まれて人間性を失い精神は壊れ、肉体面でも身体が耐えきれずに内側から残酷にも破裂してしまう。という内容は当然、上鳴も聞かされている。
「でも、本当にアンタ、何者なのよ? 二度もアタシの狂気に触れて無事だったなんて。しかも今回に限っては、自然に元の状態に戻れたみたいだし……」
一時は全身が赤黒く染まり、血管も破裂しそうなほどに膨張し、グロテスクな見た目へと変貌していたが……あの戦いからしばしの間安静にしていると、彼はひとりでに元の人間らしい姿へと戻ることができたのだった。
「まあ、体質とか色々と個人差があるんじゃないかな」
「うーん、絶対それだけの問題じゃないはずなんだけど、現状そうとしか言えないのがねぇ。とにかく、もうこれ以上は絶対にアタシの血に触れちゃダメ。分かったわね?」
「……分かったよ。まあ、麗音の力が必要な状況にならないのが一番なんだけど」
麗音が持つ『竜の力』。それが必要となる状況とはすなわち、生きるか死ぬかの戦いを繰り広げている状況だろう。そんな面倒事に巻き込まれないのが最善ではある。
だが、忘れてはならない。彼はそもそも『ファンタジー』を惹きつけてしまう体質らしく、その惹き寄せられたファンタジーは大概、面倒事も一緒に連れてきてしまうという事実を。
「……そうだ、御削。アンタに話しておかなきゃいけない事があるんだった。でも、こんな公衆の場で話せるような内容じゃないから、一旦出ましょうか」
「ん? いいけど、随分と突然だな」
神凪がふと思い出したように――振る舞ってはいるが、どうにも言い出すタイミングが掴めないでいたのだろう。ずっと彼女がそわそわしていたのに上鳴は気づいていたが、あえて彼は、神凪が話しやすいタイミングで言って来られるようにとスルーしていたのだった。
となれば、どうせこれもまた面倒事か。それも『ファンタジー』な事柄に関する内容だろうか。上鳴は、そんな予想を適当につけながら、神凪と共にカフェを後にした。
***
誰もいない住宅街の公園で。二人はベンチに隣同士で座りながら。
「それじゃ、早速だけど本題に入るわ。これはアイツ……天河一基から聞いた話で、これまでずっと口止めされていた内容。別に、アイツの約束を優先したって訳じゃなくて、これはアタシからも御削にはあまり伝えたくない内容だったから。結果的に隠してた事になっちゃうんだけど、その……」
「別に怒ってないよ。秘密なんて誰にでもあるんだし、悪気があって隠してた訳でもないだろうし」
「……ごめん。本当ならアタシは今でも、御削に話したくないと思っているんだけど。天河が伝えてくれって言うもんだから、やっとこっちも踏ん切りがついたってトコね。いずれ、いつかは話さなきゃいけない内容だったし」
神凪は続けて。
「アタシがこれから話すのは、ファンタジーを束ねる『王』という存在について」




