14.堕天使へ確かな一撃を
強烈な打撃によって、堕天使はそのまま飛ばされて。
普段ならば、その翼で体勢を立て直す事だってできただろうが、今は片翼しかない。元に戻そうにも、部品としての機能がまだ少ない四肢といった人の肉体ならばともかく、様々な力を秘めて操る複雑な翼を修復している余裕など、どこにも残されていない。
よって、彼はこのまま地面へと転がり落ちる感覚をただ受け入れるしかなかった。
――ドドドズザザザザザザザッ! 地に背を付けるという、元天使である普段の彼ではあり得ないであろう醜態を晒してしまう。
彼をこんな風に貶めたのは、今日会った中でも一番『一般人』に近いはずの、特異な点と言えばファンタジーな分野に精通する人々を自然と集めてしまうその体質くらいであろう、ただの高校生。
だが、そんな彼の体は赤黒く変色しており、大抵の出来事には動じない堕天使でさえも――ひと目見て思わず気味が悪いと感じてしまう、血に染まった赤い瞳。
「天使だか何だか知らないが、好き勝手に暴れやがって。麗音が受けた痛み、何百倍にして返してやるッ!」
「し、知らねえよ……、勝手に巻き込まれたのはそっちだろうがよ、人間如きが調子に乗ってんじゃねえぞッッ!!」
立ち上がりながら、その堕天使は片翼から一本の黒いレーザーを放つ。しかし、竜の狂気を纏った彼はもう、普通の人間とは言い難いだろう。それを証明するかのごとく、その攻撃をひらりと避けて。
「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
その堕天使へ、二度目の拳を繰り出そうとした瞬間だった。
「クッ、ははははははははははははははははははッッ!! 律儀に真っ直ぐ突っ込んでくるだけのバカに、この俺が倒される訳ねェだろうがよッ!!」
その瞬間。確実に詰めていたはずの距離が、無慈悲にもたった一瞬にして引き伸ばされる。
どちらが大きく動いた訳でもない。堕天使と人間、双方の間に彼は――『虚無の空間』を挿入したのだった。かつて、錬金術によって繋げられた何も存在しない一面真っ黒の異次元。アレを強引に、この世界へとねじ込んだような形だろう。
周りが普通の世界だと、ただ何もないだけの空間にもかかわらず、より一層異質なものに感じられた。
それよりも。距離が開いたという事は――。
「テメェも同じく漆黒に染めてやる。この世に存在していた証さえ残らねえ、死ぬよりも寂しい末路をお望みなようだからなああああァァァ!!」
再び、全てを黒へと塗り替えるレーザーが、今度は彼の周りからはもちろんいつの間にか上鳴の背後、左右にまで展開されていた、無数の球体から同時に放たれる。
彼をこの世界から完全に消し去るべく放たれたその攻撃の雨を、彼は――避けられない。
狂気を纏っているとはいえ、結局は人間を相手にしてあまりにも過剰なまでに放たれた四方八方からのレーザーは、今からどの方角に向かって走って逃げたところで、最後は黒に染められて終わりのバッドエンドしか残されていない。
「……へッ、いくらアイツに削られてたとはいえ、この程度の相手を始末するのに二発も食らっちまうとは。俺も落ちぶれたもんだよなァ、全く」
天使という座を自ら降りて、天界というシステムから切り離されて。一人になり、比べる対象さえも見失ってしまったせいか、そうひしひしと感じてしまう。今の彼は、過去の自分と比べる事しかできないのだから。
だが、そんな彼も元とはいえ『天使』であり、竜の狂気に触れただけの人間相手に遅れを取るはずはない。……はずだった。
「――それじゃあ、三発目とでも行こうか?」
言葉の直後、高みの見物を決めていたはずだった堕天使の体が再び殴り飛ばされる。
その拳が現れたのは――上からだった。
確かにあの黒いレーザーは横から、もしくは少し高い所から、彼のいる高さ目掛けて放たれた。つまり、上はガラ空きだった。しかし、彼には翼はないので当然空は飛べないし、ジャンプで回避するのだって流石に無理がある。
では、どうやって上からレーザーの集中砲火を抜け出して、反撃に出られたかといえば。
「さあ御削っ! 思うがままにやっちゃいなさいッ!!」
「ああ。ありがとう、麗音ッ!」
神凪麗音。彼女の背には深紅色の翼がある。追い詰められた彼を上空からつかみ上げて、レーザーによる包囲網からすくい上げただけの事。
殴り飛ばした堕天使へと向けて、上鳴は向こうが立ち上がろうとする瞬間に追いつくべく、全力で走る。
「クッソ……、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
最後の抵抗と言わんばかりに黒い翼が、上鳴に向けて槍のように放たれる――が、それさえも、体内で爆発的に広がる狂気によって向上した圧倒的な身体能力があればひらりと避けられる。
そして、こちらからはトドメの一撃として。普通の高校生の、しかし二人の想いを込めた渾身の一撃が、人の身では到底敵わないはずの『堕天使』に確かなダメージを叩き込んだ。
そのまま、ツァトエルはグラウンドの地面を何度もバウンドし、ざざざっと砂をかき分けるように引きずられて。倒れた彼は衝撃で意識を失っているのか、再び動く気配はもうなかった。




