13.天使と堕天使の決着
天使と堕天使の戦いは、空中戦から地上戦へと移行する。
「この俺に傷を付けたのは確かに、天学府では落ちこぼれのテメエにしちゃあ称賛に値するだろうけどよ。だが、翼の片方を潰したくらいで調子に乗られても困るんだよなああァァ!?」
「調子に乗る? 悪いねえ。オレは落ちこぼれだから、調子に乗っていられるほどの余裕もねえんだぜ、残念ながら」
「へっ、その割には随分と落ち着いているようだが、なあああッ!!」
だが、慌てる素振りも見せない、翼と左腕を失くした天使の天河に余裕がないのは事実だ。相手の手札、つまりは片翼を削ったとはいえ、こちらはそれ以上の損失を被っている。両翼と左腕を捨てた、と考えれば割に合わない取引だった。
堕天使、ツァトエルの叫びと共に、片方だけになった黒い翼と、その周りに次々と現れた鉄球のような物体から放たれる無数の黒いレーザーが次々に天使の元へと向かっていく。
しかし、それらを右手に握った金色の剣で何とかいなしながらも、手数の有利から余裕の笑みを浮かべる堕天使の元へと一歩ずつ突き進み、やがて再び互いの距離は詰められる。
「はあああああ――ッ!」
「はっ、ンな攻撃見え見えなんだよッ」
ツァトエルは、片翼だけとなった黒い翼を剣のようにして、自身を切り裂こうとする金色の刃を軽々と受け止めた。
――キイイインッ! 甲高い音と共に双方、後ろへと飛ばされて、再び二人の間には近くも遠い、絶対的な距離が生まれる。
「天界でもずっと、お前は変わり者だと思っていた。だが、今その理由がハッキリとした気がするよ」
「ああ? いったいテメェに、俺の何が分かるんだか」
「ツァトエル。お前は天使としてはあまりに中途半端な存在だった」
天使は、そう前置いたうえで一つ質問を投げかける。
「『天界のシステムが気に入らない』……そう言ったが、具体的に、何が気に入らないんだ?」
「『神族化』ってのは、この世界の言葉で置き換えれば――『植民地化』だろうが。世界のやり方で、オマエらは世界を救っているとカン違いしてやがるのがまず気に入らねえ」
堕天使の返答に対して、大方予想通りと言ったふうに頷きながら。
「やっぱりな。堕天使ツァトエル……天使として持つべき『無慈悲な心』と、人間特有の『慈悲深い心』。その両方を持ちあわせてしまった悲しき存在、か」
「……んで? それの何が悪いッてんだよ?」
「お前は天界というシステムが気に入らないと言った。けど、この世界の人間だって、同じ事をしてきたのを知らないとは言わせない。天界のシステムと、人類の積み上げてきた戦争と支配の歴史。この二つがどう違うのか、純粋に興味があるね」
「何かと思えばクソつまらねェ事を聞いてきやがる。人間同士の支配と、天使が人間を支配するのとじゃ、その意味合いが全く違うってのがわッかんないかねえ? 人間同士の支配なんて、その時代の英雄が革命でも起こせば簡単に覆る。だが、天界による支配はもはや世界法則そのものと言えるまでに絶対的なものであって、永遠に覆る事はねえだろうが」
堕天使、ツァトエルは続けて。
「天界を支える一つのパーツとなる代わりに、永遠の安寧を約束する。確かに、言葉の聞こえだけはいいかもしれねえが、裏を返せばその世界から未来が失われるも同義だ。……それは世界にとって、本当に幸せと言えるんだかねぇ?」
「……ふっ、理解できないな。だってオレは――天使だし」
そう言い捨てると、天使は再び金色の剣を握りしめて突撃する。
「理解できなくて結構だよ、俺は俺の決めたやり方で突き進む――ただそれだけの事だしなァッ!!」
堕天使の周りに展開された球体から放たれるレーザーが、再び相手を迎え撃つ。
しかしそれらを軽々と避けながら、天使は金色の剣を振り下ろし――相手は受け止めて。
一連の流れを繰り返し、再び目にも留まらぬ速さの攻防へと発展していく。
金色と漆黒、光と闇。相反する二つの力が何度もぶつかり合った、その結末はあまりにあっけなく着いてしまう。
「――ククッ、ハハハハハハハハハハッ!! 終わりだ、落ちこぼれの天使様がよッ!」
天使が幾多の黒いレーザーを避けきったその先で。相手の動きを読んでいたかのように堕天使が放っていた『本命』が、ギュオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!! と響く轟音と共に、金髪長身の男を穿つ。
「……何が努力だ、くッだらねえ。ま、天界のシステムなんて枠組みに囚われているテメェじゃ、枠組みから外れた俺には一生敵わねえだろうがな――ぼごおおおおッ!?」
本命の、ひと際威力の増した黒いレーザーが着弾したのを見て。今もその強烈な威力から、砂埃が舞って視界を遮るせいであの天使の末路は見えないものの、そもそも彼の漆黒は全てを塗り潰す。故に、わざわざ相手の姿を確認するまでもないと、そう油断していた矢先の出来事だった。
あの天使の攻撃とはまた違う、異能の力を感じさせない強烈な、それでいて純粋な打撃が、彼の体へと叩きこまれた。その一撃を放ったのは――。




