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12.大爆発の弊害

 天使と堕天使が衝突し、巻き起こった大爆発。そして今も続く二人の戦いから逃げるように、校舎の中、玄関へと駆け込んだ先で。上鳴御削(うわなき みそぐ)は憤慨していた。


麗音(れおん)ッ、大丈夫か!? くそっ、アイツら……周りの事もお構いなしに。待っていてくれ、手当するから。保健室に行けば応急処置セットくらいはあるだろうし」

「ダメっ、アタシの血に触れたらどうなるか分かってるでしょ、御削! このくらいどうってことないから――」


 床に寝かされていた神凪麗音(かなぎ れおん)。制服のスカートから伸びる、彼女の左ふくらはぎの辺りには、グサリと太めの木の枝が深く突き刺さっていた。


 見るだけでもあまりに痛々しいその怪我は、二人の衝突によって起こった爆風で飛ばされてきた枝が不運にも神凪の元へと飛んできてしまい受けた傷。今も出血は止まらず、触れれば最後、普通の人間ではたちまち狂気に呑み込まれてしまう鮮血が、だらりと流れ続けている。


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! とにかく、ここで待ってろ麗音、すぐに戻ってくるから。……あと、魔法少女さん」

許斐櫻(このみ さくら)だよ。言わなくても分かってる、ちゃんとキミの彼女さんの事はウチが守っておくから、安心して」

「……ありがとう、許斐さん。麗音、辛いだろうけど、あと少しの辛抱だから頑張ってくれ」

「あっ、ちょっと、御削ッ!? ああ……」


 神凪が止める間もなく、上鳴はさっさと走り去って行ってしまった。


 ……また上鳴を巻き込んでしまうのか。そんな悔しさや不安が混じってぐちゃぐちゃとなった気持ちに襲われながら、震える声で。


「だいたい、アタシはケガの治りだって早いし、何より――血に触れたら、また御削は――」

「でも、キミが彼に、とっても大切にされてるーってのは、初めて二人に会ったウチでさえよく伝わって来たよ。さっき、あの堕天使をふっ飛ばした赤い手だったり。色々と事情があるんだろうけどさ、好意はちゃんと受け取ってあげないと」

「それは分かってる、けど……」


 だが、神凪は神凪で、上鳴を危険に晒したくはないと考えている。自分には《竜の血脈(ドラゴン・ブラッド)》という異能の力があり、その血を持つ者としての役目は果たせずとも、せめて大切な人を守るくらいは――と思ってしまう。


「危険と分かっていて、それでもああして動くところを見るに――彼も、キミには助けられているんじゃないかな。だからこそ、こういう時は逆に力になってあげたいって、そんな風に見えたよ。……大体、キミに特別な力があるからって、自分だけが助けなきゃいけない決まりもないんだし」

「でも、アタシの《竜の血脈(ドラゴン・ブラッド)》は本当に危険で……」


 それでも。上鳴を再び、あの狂気に目覚めさせる事はしたくない。


 過去、エルフとの戦いの際に神凪の血に触れて、狂気に染められてしまった彼が、こうして元に戻れたのはほとんど奇跡だと思っている。


 自身の『涙』のおかげ……とも考えた。心から悲しんだり、嬉しかったり。心を激しく動かされて流れた涙には癒やしの力が宿っていると、神凪が産まれた時から親代わりに育ててくれた《竜の血脈》の力についてもよく知る人物が言っていた。


 しかし、竜の狂気さえも簡単に治せるほど都合の良いシロモノじゃないのは、この力の所有者である彼女がよく理解している。


 物理的な傷なんかは簡単に治せてしまうが、精神的な病には効果はほとんどないはずだ。……肉体的な強化と共に、その人間性を蝕まれていくのが『狂気』であり、神凪の涙へ触れる以前に――狂気へと完全に蝕まれることなく、しっかりと自我を持ってエルフと戦えていたのがそもそものイレギュラー。


 普通の人間であれば、ただただ暴れ狂ってそのまま死んでしまう。それが本来の『竜の狂気』なのだから。


 次また同じ事をして、今度は狂気へ完全に飲み込まれてしまうかもしれないし、元に戻れなくなってしまうかもしれない。そんな不確実な綱渡りを彼に再びさせるつもりは毛頭ないのだ。


「それでも、やっぱり……御削にはもう危険な思いはさせられない。今回ばっかりは絶対にね」

「まっ、譲れない時もあるよね。えっと、確か……キミの血に触ったらダメなんだっけ? あれ、でも……」


 ふと、思い出したように許斐は言う。


「さっき、ケガをしたキミを運んでいる間に、彼……ちょっと血に触れちゃってたような。気のせいかな?」

「……え?」


 一気に張り詰めた空気になった、校舎の玄関へ。


「おまたせ、麗音。保健室に誰もいなかったから勝手に持って来ちゃったけど大丈夫、だよな……?」

「あ、アンタ……っ、そ、その体……っ!?」


 ケガの手当に使う応急処置セットを持って、玄関まで戻ってきたのは――全身の血管が膨張して脈打ち、焦げたように赤黒い肌へと変貌した――竜の狂気に染められて、どこかグロテスクな見た目へと変貌した男の姿だった。

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