11.最低最悪のトレード
黒い翼を携えて上空に浮かぶ堕天使の周りに、空間を上書きするかのように次々と黒点が現れる。
点と点が、黒い糸で繋がっていき――空間そのものを塗り替え、どんな物体でも断ち切ることが可能な糸によって、蜘蛛のように獲物を待ち構えるトラップを展開する。
対する天使は、普段ならば並の攻撃くらい、気にせずその身で攻撃を受けながらも、突撃するのだが……あの糸だけは触れればマズイと彼の直感が告げていた。
あんな物に突っ込めば最後、きっと身体がバラバラになってしまうだろう。
これが作り物の身体で、後からいくらでも修復可能とはいえ。戦闘中に、身体のあちこちがバラバラにされてしまうのはマズイと判断した彼は、自らの力で生み出した金色に光り輝く剣でそれらを切り裂き、少しずつ相手へと近付いていく。
が、堕天使にとってはあくまで、それらの糸は足止めに過ぎなかった。本命は、両翼の先端から放たれる、空間そのものを黒で置き換えるレーザーだった。
――ギュギュオオオオオオオオオオオオオオッ!! 耳をつんざくような轟音を振りまきながら、二本の黒いレーザーは金髪と白い翼を携えた天使を狙い撃つ。
「くそっ、ここは仕方ないか……?」
張り巡らされた糸と糸の間には、人が潜り抜けられるほどの余裕はない。よって、そのレーザーを避ける事は本来なら不可能だった。
だが、身体の一部分を犠牲にする覚悟があるのなら話は別。両翼と腕を片方、失うつもりで突っ込めば、糸を強引に突破してあのレーザーはなんとか避けられる。
だが、翼を片方失えば当然、再生するまでは飛べなくなる。それでもあの黒いレーザーで消し飛ばされて終了、よりは遥かにマシだろう。……となると、ここは。
「――はあああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
その翼が黒い糸で切断される前に。出せる最大限の力で翼をはためかせ、思いっきり高く上昇する。……黒い糸の奥で、余裕の笑みを浮かべる堕天使にも届くほどの勢いで。
捨てた左腕と、もう使うつもりはない翼以外、絶対に黒い糸へと触れないよう注意をはらいながら。上下左右へレーザーを避け、幾多の糸を潜り抜けた先で、堕天使と天使は再び互いの手が届く位置へと近付いた。
自らの犠牲を厭わない動きで呆気にとられる堕天使に対して、その天使は止まらない。右手に握っていた金色の剣を、その勢いのままに振り上げる。
――ギイイイイイイイイイイイイイイイインッ!! という金属音にも近い高い耳障りな音を放ちながら、その堕天使の背中から伸びる黒い翼、その片方を断ち切った。
「チッ、俺の翼が――ッ!?」
「オレの左腕と両翼で、お前の左翼と交換、か。ま、トレード条件としちゃ最低最悪だが、勝つためには仕方がないか」
翼を失った天使と堕天使は、共に地面へと落ちていく。双方同時に、高校のやけに広いグラウンドの中心へすたんと降り立った。
だが、飛べなくなった程度で戦いが終わるはずもない。これは二人のうち、どちらかが死ぬまで終わらない――何人たりとも止める事のできない、異次元の戦いなのだから。
周りにはもう人の姿はない。……これだけの騒ぎになれば当然だろう。その事実を確認した天使は、もう周りを巻き込む心配もないだろうと再び剣を構え、堕天使の攻撃に備える。




