10.異質と異質
「ツァトエル。天界を勝手に去ったと思えば――オレの管轄している世界で、一体何をしているんだ?」
「俺は天界というシステムが気に食わねえ。だから神や天使といった天界から、それに準ずる異能も関わらない、理想の世界を創り上げる。……少なくとも、この世界だけでもな」
「へえ。それはご大層な目標で。この世界の『神族化』を目的にするオレとは正反対って訳だ。……邪魔になるなら、今ここで殺しておくべきなんだが」
「大体、俺はオマエよりも先に、この世界に目をつけていたんだ。殺される道理はねえんだが、それでよくもまァ綺麗事ばかり並べて正義ぶりやがって。俺が天界を去ってからも相変わらずなようで何よりだよ」
異質と異質。二つの巨大な存在同士が、人としての知識だけでは到底理解しがたい会話を交わしている。
そんな中で、ついに理解する事を諦めてしまった上鳴は、ふとぼやいてしまう。
「……この間に後ろからやっちまうってのはダメなのか?」
「御削、アンタ意外と容赦ないわね……」
どちらの言い分が正しいにせよ、彼にとっての『敵』はもう決まっている。紫髪の男が神凪に手を掛けようとしたのは紛れもない事実であり、天使がどうとか、複雑な事情が絡んでこようとそれだけは変わらない。
ならばいっそ、ここで――とも思ったのだが。こちらの一存で善悪を決められるほど単純な問題ではないらしい。
「でも、世界そのものの深い所に関わっている内容なのは確かみたい。こんなにスケールの大きすぎる話、アタシたちじゃ完全に蚊帳の外。どうしようもないわ」
ファンタジーな世界に精通しているはずの神凪でさえ、今がどのような状況に置かれているのか、ついて行けてない様子だった。
《竜の血脈》を継いだ少女だろうと、世界の平和を守る魔法少女でも。こんなにも大きな存在を前にすればそれさえも霞んで見えてしまう。
天界を去った天使――つまりは『堕天使』と、正真正銘、何かしらの目的を持った『天使』。双方の争いに割り込める余地は残されていないのだ。
「大体、天学府を首席で卒業したこの俺を殺すだって? ギリギリ及第点で卒業した落ちこぼれの天使がか? くッ、はははははははははッ!! ああ、殺すってもしかしてそういう? さては俺を笑い死なせるつもりなのかねェ?」
「確かにオレは落ちこぼれだった。そしてツァトエル、お前は歴史に残るまでの天才だった。――だからこそ、オレには出来て、お前には出来ない事があるんだよ」
「ハッ、それで? 総合力じゃ俺の方が上なんだっつの。それも、背伸びして届くような差じゃねえ。ダブルスコアをつけてもなお届かねえくらいの、圧倒的な差がなああッ!」
――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオッッ!! 空気を裂くような轟音と共に、堕天使・ツァトエルの背中から伸びる黒い翼が槍のように右翼、左翼と同時に放たれる。
対する金髪の男も、その背から白い翼を顕現させると――黒い翼の突きに対抗するように、その白い翼を剣のようにして迎えうつ。
双方の翼が触れ合った途端、白黒相反する力が反発し、激しい大爆発が巻き起こる。
爆風を受けた部外者たちは、今までの戦いがまるで茶番だったかのような――それほどまでの圧倒的な破壊力を目の当たりにして、戦う術を持っていてもなお、あの中に加わってでも止めようという気さえ削がれてしまう。
一方、その圧倒的な破壊の中心にいた当事者らは、周りなどお構いなしに学校のグラウンド、その上空で対となって浮かびながら続けて。
「へェ、俺の一撃を止めるとは成長したじゃねえかよ落ちこぼれ」
「お前が『天才』の座に甘んずる間にも、オレはずっと『努力』を積み重ねてきたんだ。それこそ、世界を一つ、任されるようになる程度にはな。それがオレにできてお前にはできない事だよ」
「努力? 実にくッだらねえ。そこまでして頑張って、得た物が天界の犬になる権利かよ。ま、俺がした努力じゃねえし、どうでもいいんだけど――よおおッ!!」
再び黒い翼を、左右同時に槍のようにして撃ち放つ。それらを迎え、受け止めるのはやはり金髪の天使の背から生える白い翼。
盾のように受け止めると、キイイイン――ッ! という金属同士を打ち付けたような音が、今は二人だけが支配するこの静寂の中で響き渡る。
それが何度も何度も、コンマ一秒単位を争うスピードで繰り返される。しかしどちらも当然勝利は譲らず、決着はつかない。
「……何故、そこまで天界のやり方が気に喰わないのか理解に苦しむ。――だが、かつての同胞を殺すのに多少なりとも胸が痛むものの、永遠の安寧を揺るがす不安要素は予め潰しておく必要があるからな。悪く思うなよ、ツァトエル」
「こちらこそ、出世街道まっしぐらのテメェをここでブチ殺しちまうのに全く胸が痛まないワケでもねえがよ――俺の思い描いた理想郷を目指す計画を邪魔するのなら、こっちだって容赦はしねえ。死んで後悔するんだな、天界にご執心だったテメエ自身をッ!!」




