7.魔法少女に飛ばされた先で
一方。上鳴と神凪は、半ば強引にあの薄桃色の髪を伸ばした魔法少女に触れられて、そのままどこかへと瞬間移動させられたらしい。
ドシンッ! と、鈍い音が二つ鳴り響く。周りを見渡してみると、ごちゃごちゃとした教科書やその他教材が積み重なる、小さな部屋だった。
屋内から外には出ていないらしい。詳しい位置は分からないながらも、壁や床の造りなんかが見慣れたものなので、どこかの準備室だろうか。
「いったたぁ……。あの魔法少女、もうちょっと優しく降ろしなさいよ、まったく」
「とはいえ、助かった。本当に死ぬかと思ったよ」
「あのねぇ。あのとき庇ってくれたのはとっても嬉しいんだけど、アンタ、このままじゃ命がいくつあっても足りないわよ?」
「ごめん、つい。気をつけるよ」
あの黒い翼を止める手段なんて彼は持ち合わせていない。にもかかわらず、ただ反射的に飛び出しただけだった。もしもあの魔法少女の助けがなければ――どうしても表現に規制が入ってしまいそうな、あまりに言い表しがたい残酷な結末を迎えていただろう。
「それにしても……麗音はあの人、知ってる?」
「え? まあいろいろと有名だしね。『オカルト研究部』の錬金術師と魔法少女コンビは」
「あー、そっちじゃなく。オカ研の事なら俺も噂くらいは知ってる」
まあ、大多数の人はその二人に対して、エセ研究者とコスプレイヤー、なんて認識を持っているだろう。かくいう彼も、つい最近まではそうだった。
神凪もおそらく、あの二人は『本物』だという事を知る数少ない人物であるはず。錬金術や魔法といった超常が、意外と身近な所に潜んでいるという事実を知っていれば特におかしいとも思わないのだ。
だが、彼が気になっているのはその魔法少女の方ではない。
「あの紫髪の男。麗音の正体を知っていたみたいだけど」
あの男は確かに、神凪を『ドラゴン』と呼んだ。もちろん、神凪が咄嗟に手足を変質したり、翼を出した訳ではない。にもかかわらず、あの男は彼女の正体を看破した。
「そっちは知らないわ。学校の中でも見た事ないし、四月に入った新入生よねきっと。それに、アタシの心を読んでいるかのような素振りもしていたし、アタシの正体は別に国家機密レベルの秘密って訳でもないもの。頑張れば見つけられる程度の情報よ」
「そっか。で、もう一つ聞きたいんだけど」
どちらかと言えば、上鳴はこちらの方が気になっていた。……神凪が襲われる直接的な原因にも思えたからだ。それを知らなければ、こうして襲われる事もなかったであろう。
「麗音は『天使』を知ってるのか?」
「ま、聞かれるわよねぇ。本人からは口止めされていたんだけど、こうなったら仕方がないわね。前、お世話になった義理もあったから守っていただけでもあるし」
神凪は、何から話すべきか迷ったが……この状況で長話する余裕もないだろうと、まず結論だけを単刀直入に口にする。
「アタシは『天使』を知っている。それは、御削も知っている人物よ」
彼は知っている人物を、次々と脳内で思い浮かべていく。そういや、ファンタジーな事柄を知っていて、それでいて本人はその場を適当にやり過ごし、今でもイマイチどういう存在なのかよく分からない友人が――。
何とかそこまで出かかった所で、待っている時間もないと神凪が先に結論を言い終えてしまう。
「……同じクラスの、天河一基。彼がその『天使』なの」
上鳴が知っている人物で、それらしいといえば彼しか思い浮かばないのも確かなので、もう今更声にだして驚いたりはしなかった。




