6.漆黒の翼と魔法少女
「念のため後をつけておいて正解だったみたいだね。まあ、見るからに怪しかったし」
「お前はさっきの……。チッ、さっきの時点で殺しておくべきだったか?」
階段の踊り場にて。黒い翼を生やした男と、背に二人を庇うように守る、ピンクの魔法少女が相対する。
ふと、思い出したかのように魔法少女である許斐櫻は。
「あっ、その前に。二人ともケガはないよね? それじゃ、どこか適当な場所に飛ばすから、そこから動かずに待っててねっ!」
「え? あっ、ちょ、アタシも加せ――」
言うと、二人が答える間もなく神凪、上鳴と順に手を触れていく。一人、また一人とその場から姿が消え去って、ここに残ったのはフリフリの衣装を身にまとう魔法少女と、黒い翼を大きく広げた男だけ。
「邪魔にならないなら、別に殺すつもりも無かったんだが。俺の前に立ちふさがるってンなら仕方がねえ。ここで適当にブチ殺しておくとするか」
「こう見えてウチ、けっこうタフなんだけどなー。少なくとも、キミみたいな脅すことしか能のないイキリ野郎には負けないと思うけどね?」
「クッ、ハハハハハハハハハハハッ!! 脅すしか能のない? イキリ野郎だ? ヘッ、面白え。この俺にそんな軽口を叩いた事を後悔させてやるよ。一発で殺してやるのもつまらねえ。じっくりと時間を掛けて遊んでやる。今更死んだ方がマシだって泣き喚いても、遅ッせえからなあアアアアアアアァッ!!」
彼の、直接脳を揺さぶられるような荒々しい叫びと共に。深い漆黒の両翼が二方向から、許斐を貫くべく槍のように放たれる。
だが、二本に増えたところでやるべき事はさっきと変わらない。彼女の方も、右手と左手でそれぞれ魔法陣による強固なシールドを展開し、その攻撃を受け止める。
「キミ、もしかして翼でしか攻撃できないの? まさかホントにイキってるだけだったり?」
「ハッ、とりあえずその両手からか? 消し飛ばしてやるよ、バーカ」
漆黒の両翼から、ごうごうごう――と嫌な予感を告げる音が鳴り響く。そして、魔法陣で受け止めていた翼の先端から。
ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!! という轟音と共に。
ゼロ距離から相手を確実に消し飛ばす、世界の黒という黒を凝縮したかのような漆黒のレーザーが放たれる。その黒は単純な破壊力ではなく、まるでそれは空間そのものを書き換えているような挙動で、許斐の魔法陣さえも上書きし――。
「……うおおおおおっとと!? あ、危なくマジで死にかけた……」
「ヘハハはははッ、やるねェ。久々のいい運動になりそうだ。あいつを殺す準備運動にしちゃあ丁度いいかもなああァッ!!」
許斐は咄嗟に階段を転がるように避け、一階の廊下へとアクション映画さながらの階段落ちで降りていく。
黒いレーザーが触れた壁は、焼けるでも壊れるでもない、ただただ『黒』へと置き変わっていた。あれに触れていれば、今頃きっと……考えるだけでもぞっとする。
しかし、紫髪の男は攻撃の手を緩めない。再び、彼の背から生える漆黒の翼が唸りをあげ始めた。
「うーん、ここは……」
このまま校内で戦えば、あちこちに取り返しの付かない損傷を与えてしまうだけではなく。単純に、魔法少女としての戦い方が屋内向きではないので、まずは戦いの場を変えたい。
幸運にも、階段を降りた目の前は玄関だ。少しずつ、攻撃を避けながらもとりあえずは外へと誘導することにした。
――ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! 再び放たれた二本の黒いレーザーも、何とか避ける。着弾した靴箱とその中身が真っ黒に染まってしまったが……悪いのはこの攻撃を放ったアイツだ、と許斐は心の中で責任を押し付けながら、玄関を通ってひとまず外へと飛び出した。
「なんだァ? 俺の《ベンテローグ》を見て怖気づいちまったか。ま、ここまで俺をイラつかせたんだ、死ぬよりも辛い絶望を植え付けてやるのはもう確定事項なんだけどな? ハハハハははははははッ!」
まるで子供相手に手加減して鬼ごっこをするかのような調子で。紫髪で長身の男は、外へと逃げ出した魔法少女の後ろ姿を翼で滑空しながら追っていく。




