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5.追試後、いつものひととき

 すっかり冬は過ぎ去り新学期ではあるのだが、二年生に上がっても特に何かが変わるといった事もなく。


「待たせちゃってごめん、麗音(れおん)

御削(みそぐ)、再テストやっと終わったのね? もう、あれだけ言ったのに。次のテストはしっかりアタシが無理やりにでも知識を叩き込んで、赤点なんて一教科も取らせないから。覚悟しておくことね」

「自分で言うのもなんだが、俺の勉強嫌いも相当だぞ。それこそ、麗音の強引さに負けず劣らずなくらいには」


 年度始めのテストで初っ端からことごとく赤点を取ってしまった上鳴(うわなき)は当然、追試験となってしまった。今回は二教科だけだったので、まだ軽傷ではあるのだが。


 ずっと隣の教室で一人、彼の追試が終わるのを待ち続けていたせいかすっかりお疲れムードの神凪(かなぎ)が、呆れたように教室から出てきた彼の元に歩きながら言う。


 自分がバカであるばかりに、神凪にはこんな時間まで待たせてしまって、とても不甲斐ないと思ってはいるのだが、勉強ができない物はできないので仕方ない。人間が自力で空を飛べと言われても大多数の人が無理であるのと同じだ……という言い訳を神凪にしたら、『アタシは飛べるんだけど?』とか返してきそうなので口には出さないでおくのだが。


「……それじゃ、行こうか」

「ええ、そうね。あ、ちなみに今日はたくさん待たせてもらった分アンタの奢りだからね」


 ……上鳴はそっと耳を塞ぎ、聞こえないふりをする。



 ***



 最近の上鳴と神凪はというと、高校近くにある、静かで穏やかな雰囲気のカフェにてそれぞれコーヒー、紅茶を嗜みながら、他愛のない話を交わすのが日課になりつつあった。


 今日も流れるように二人並んで階段を降りて行く――その時だった。こんな時間だというのに、今更なんの用事があるのか、彼らとは逆に階段を登っていく一人の生徒の姿があった。


 目立つ紫髪のマッシュヘアと、学年一であろう天河ともいい勝負できそうな高い身長が特徴的で、上鳴はつい視線を向けてしまうが……その相手はといえば、たまたま目があったどころではない。こちらの存在をしっかりと認識したうえで、向こうからわざわざ目を合わせてきていた。


 それに気づいた途端、彼は心臓がバクンと跳ね上がる。まるで、エルフの少年と対峙した時や、錬金術師として立ち塞がったあのときの比良坂(ひらさか)が放つ威圧感にも似ている。


 ……という事は。きっと彼もまた何かの――。


「ああ、お前らの教室に行くつもりだったんだが、丁度いい」


 その高圧的な態度から、てっきり三年生かと思ったが……ここまで目立つ外見なら、他の場所でも目にした事くらいはあるはず。だが、上鳴も神凪も、その姿に見覚えはない。


 となると彼は恐らく四月に入ってきた新入生なのだろうが、礼儀だとかそういった面倒な事についてはあまり深く気にしない性格である上鳴でさえ、流石に指摘したくなってしまう――それほどまでの態度だった。


「……新入生、だよね? だとしたら俺たち、一応歳上なんだし、敬語を使えとまでは言わないけどちょっとくらい弁えた方がいいんじゃないか?」


 上鳴であれば別に、深く気にする事もないだろうが、ずっとあの調子であればいずれ別の相手の際に、本気でその相手を怒らせてしまう事だってあるかもしれない。


 そういった面で心配になってしまったが故の言葉だった。しかし、紫髪の彼はその助言さえも無視して、続けて。


「『天使』の居場所を教えてもらえるか?」

「……は? なんだそれ?」


 あまりに突拍子のないその単語に、困惑してしまう上鳴。


()()だし、流石に知っているかと思ったが……。良いように利用されているだけか? 心の動きも穏やかだし、やはり本当に知らないのか」


 こっちの考えを置いてけぼりに、勝手に一人でぶつぶつと話を進めていく紫髪の男。もう、意思疎通は諦めた方が良いのかもしれない。そう上鳴が諦めた矢先、その男の視線は隣の神凪へと移る。


「あまり期待はしていないが、そっちの()()()()は『天使』を知っているか?」

「ど、どうしてアタシの……!? いえ、『天使』なんて知らないけど。その情報、一体どこから仕入れてきたのかしら?」


 向こうからはバンバン質問をしてくる癖に、神凪の方から質問をしてもどうやら知らんぷりらしい。あまりに自分勝手な奴だと呆れてしまうが、そんな彼女さえも放ったらかしにして自分勝手なその男は続けて。


「『天使』を知らない、ねえ? くくッ、ハハハハハハハハハハハハッ!! なら、どうして今、キサマの()はそう――激しく動揺しているんだ?」

「……何の事か、分からないわ」


 口では否定をする神凪だったが、事実。彼女は『天使』と聞いて思わず、一人の男を思い浮かべてしまった。相手の言葉から察するに、彼はこちらの心を読んでいる? 読むまでとはいかずとも、下手なウソでは看破されてしまいそうだ。とすれば、ここは正直に――?


 迷っていた彼女に向けて、紫髪の男は少し苛立ちを見せながら。


「んじゃ、とりあえずいっぺん痛めつけてみるとするか。なあああああああッ!?」


 相手の声が荒らぐと同時。その背中から黒い羽がびっしりと生え揃った、巨大な翼が顕現した。その束の間、鋭利な翼の先端が、神凪の身体を貫くべくまっすぐに向かっていた。


 それを見た上鳴は、気づけばその攻撃が通る線上へと飛び出していた。


 だが、ただの高校生である彼には対抗手段などあるはずもなく。そのまま黒い翼の切っ先で、神凪の代わりにその身を貫かれるだけ――のはずだった。


 だが、いつまで経っても痛みはやってこない。それもそのはずで、黒い翼は、突如彼の目の前へと現れたピンク色に光り輝く魔法陣によって受け止められていたのだ。


 その魔法陣を左手から展開して、その攻撃をなんとか抑えているのは――薄桃色の髪を床に付きそうなほどに長く伸ばし、白とピンクのフリフリな衣装を纏った――見た目通り言葉にするとしたら『魔法少女』。


 そんな彼女は、余裕そうな表情のままこちらを振り向くと、にこっと微笑みながら言う。


「女の子を守る為に体を張るなんて、なかなかかっこいいじゃん。……でも、勇気と無謀は、履き違えちゃダメだよ?」


 その魔法少女は、上鳴に向けて軽くウインクをすると、受け止めていた黒い翼をそのまま軽く押し返す。

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