4.天使を探し回る新入生
明らかに入部希望者――ではないであろう紫髪の男に向かい合うように、錬金術師らしいローブ姿の七枝は立ち上がり。
身を凍らせるようなプレッシャーを放つ相手に負けじと対抗して、楽しいお茶のひと時に水を差された事で気が触れたのか、明らかに不機嫌そうな彼女がこの部屋を守る番人のように立ち塞がる。
「『天使』? それは何かの隠語?」
「いや、文字通りの『天使』だ。特にそこの黒髪、お前が一番知っている可能性が高いと踏んでいるんだが」
「……え、えええええっ!? わたし!?」
その場に黒髪といえば一人しかいない。それはそれでどうなんだろう? とも思ってしまうのだが、何度かすれ違っただけの相手に突然指を差され、つい驚いてしまう比良坂。
「……ウチの可愛い新入部員に、手を出そうっていうなら容赦はしないけど?」
どこから取り出したのか、いつの間にか右手に握っていたカラフルで情報過多な、いかにも魔法少女っぽい杖を右手に、これは穏便に済まないだろうという雰囲気を感じ取った許斐もその場で立ち上がる。
「まあ、私らから言えるのは『天使』なんて知らない。……もちろん楓も、知らないよね」
「は、はいっ!」
七枝にいきなり話を振られて驚きつつも、比良坂の返すその返事に嘘はない。
ここにいる魔法少女や錬金術師以外にも、以前お世話になった竜の血を継いでいる一つ上の先輩だったりと、どこか不思議な人との繋がりもあるにはあるが、天使ともなると流石にスケールが違いすぎる。
「という訳。分かったら、さっさとお引き取り願えるかな」
おっとりした見た目の錬金術師である七枝は、その見た目の穏やかさとは裏腹に、相手に負けじと高圧的な態度を絶対に崩さない。
見るからに明るい性格で笑顔の絶えない許斐は、まるで正反対のシリアスな表情、雰囲気を纏いながら、その鋭い目つきで今も相手を睨みつけている。
――それがきっと、後輩という存在を持ったオカルト研究部の先輩として。なにより、錬金術師や魔法少女としての二人なのだろう。
「……全く、見た目と違ってどいつもこいつも気が強そうで。まあいい、どうやら本当に知らないらしいし、別の線から探るとするか。『天使』そのものにいきなりブチ当たる可能性だってゼロではないしな」
そう一人でぶつくさと言いながら、紫のマッシュヘアで長身の男はその場を去っていった。
「……ふう。あんな生徒、入学前に面接で落とすべきでは?」
「アイツ、どう考えても只者じゃないよね。一応警戒しておくに越したことはないかな」
男に対抗していた二人が、思わず安堵の表情でそうこぼしてしまう。彼女らもまた、相手の前では決して気を緩める事はないものの、内心では計り知れない恐怖に襲われていたのだろう。
「楓、大丈夫? というか、咄嗟に庇ったけど、天使なんて本当に知らないよね?」
「は、はい。でも、なんでわたし……?」
「さあね。アイツが要注意人物ってのは確かだけどさー。あんまり深く考えない方がいいよ、きっと」
見かけ上でも、性格的にもきっと三人の中では一番目立たないであろう比良坂。ローブ姿の錬金術師や、コスプレのようなフリフリ衣装を着飾った魔法少女という濃いめのメンバーたちの中では当然かもしれないが。
それでもわざわざ、彼女を指名したのには何らかの意図があったのだろう。……それを去ってしまった後から考えた所で、何の意味もないのだろうが……どこかモヤモヤが晴れないのも事実。
お茶の楽しげな雰囲気がすっかり台無しにされてしまったが、まるで今の出来事の直前までこの場の時間を巻き戻すかのように。魔法少女、許斐櫻が普段の明るいトーンの声へと切り替えて。
「ま、それはそれとして。お待ちかねの大福だいふくー! 水を差された分、今日はいっぱい食べちゃおーっと」
「櫻、切り替え早いな」
放課後のひとときを邪魔された腹いせと言わんばかりに、大福を両手に持って普段以上のペースでばくばくと、大食い系のバラエティ番組でよくある擬音が聞こえてきそうな勢いで食べ始めた許斐。
ともあれ、錬金術や魔法といった不思議な力を扱う少女たちによる放課後、部室でのお茶会は、新たなメンバーを加えていつも通りに再開されるのだった。




