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14.激しい空中戦の裏で

 激しい戦闘によって荒れ果てた部屋に、たった一人残された上鳴(うわなき)。普通の高校生である彼には当然翼などなく、空なんて飛べるはずもないので、錬金術師と竜の血を継ぐ二人が繰り広げる、目まぐるしく戦況の動く空中戦には参戦できない。


 だが、そんな彼には彼でやるべき事がある。――《破滅の錬金術(ロヴァス・アルケミー)》をこれ以上使わせないように、レシピや錬金術そのものの方法について記された本を処分する。……むしろ、この戦いの目的に関わる大仕事とも言える。


 事前に神凪(かなぎ)と話を合わせていた通り、彼女が比良坂(ひらさか)の気を引いて、その間に上鳴が本を探し出す。その目的を達成するにはこれ以上ないくらいに順調かつ、完璧なパスを繋いでくれたのだ。せっかくのチャンスを無駄にしてはならない。


「レシピとかが書いてあるなら、錬金術の最中に読んでいそうな物だけど。確か、俺たちが入った時にも(ふう)が錬金釜をかき混ぜていたから、きっとこの釜の辺りに……」


 部屋の中に吹き荒れた暴風で、得体の知れない錬金術の道具や、錬金術に使う材料らしき鉱石や草花など、色々な物が散らかっていた。調合途中だった釜の中身、どろどろとした液体や謎の固形物までもが散乱し、後片付けが大変そうだと今から頭を抱えてしまう。


 変な道具が混じっている可能性もあるので、それらを慎重に退けつつ、掘り返すように目当ての物を探していると――目的の物は案外すぐに見つかった。金色の刺繍が施された分厚い本だ。


「あった。あとはこれに火を……」


 ただ破いたりするだけでは、その残骸を繋ぎ合わせてまた読まれてしまう可能性がある。そこで彼がポケットから取り出したのは、家から持ち出した、手持ち花火なんかで遊ぶ時に使うライター。


 その本を持つと、もう片方の手でライターのスイッチを引き、その先に火を灯す。比良坂は錬金術の力か、手に炎を出していたが……人々がここまで積み重ねてきた文明の利器だって負けてはいない。道具があればその場で炎を出す程度、造作もないのだから。


 ライターに灯した火を、その本のページに触れさせる。バチバチと炎はしっかり燃え続けているが――どこか様子がおかしい。


「全然燃えないぞ、この本!?」


 紙は燃える物という常識さえも――錬金術という不思議な力を前にすれば、そんな先入観からして間違っていると跳ね除けられてしまうらしい。


 だが、とにかく比良坂がもうこの本に書かれた文字を読めないようにすればいいだけで、燃やす事に固執する必要はない。今度は中のページを両手で掴み、バラバラに破こうとするが……その紙は上鳴の全力をもってしても傷一つさえ付けられなかった。


 本を処分する。それに至るまでの過程の心配しか考えていなかった上鳴は、いざ処分の方法に行き詰まるとどうすべきか分からず、ついパニックに陥ってしまう。


「……ちょ、御削!? 何をやっているのよッ!」

「ああもうっ、破こうとしても布みたいになっていて破けないし、こんなのどうしろって言うんだよ!?」


 慌てる彼を遠目に、神凪が呆れ気味で嘆いているうちに。白い翼を取り付け、空を舞う比良坂が彼の動きに気が付いてしまった。彼女は理解する。神凪との戦い、それ自体がそもそも囮であった事を。


「御削くん、何をしているの? その本に――触るなあああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 ゴウウウウウウウウウウウウウウウッ! と唸るような音と共に、白い翼を取り付けた黒髪の少女が一直線にこちらへ向かってくる。彼女の狙いはもちろん、今も上鳴が片手に持っている本を取り返すこと。


 一冊の本を巡って力ずくの奪い合いになるが……男女で力の差はあれど、空から舞い降りるように掴みかかってきた彼女の方が圧倒的に優勢だった。


 抵抗虚しく、その本を簡単に奪われてしまうと。次に比良坂は、部屋の片隅に放り捨ててあった近代的な杖、《虚無世界行き鉄杖(ニューディメンサー)》を手に取った。


 鉄杖を振るい、再びその空間を裂くと――比良坂が本を抱えたまま、その黒い裂け目へと躊躇なく飛び込んでいった。


「――待て、楓ッ!!」


 上鳴もまた、後先を考えずに。開いた裂け目の先がどんな空間に繋がっているかさえも知らないながら、ほぼ反射的に彼はその裂け目に飛び込んでしまった。


「ちょ、ちょっと御削!? 無茶ばっかりして……もう! アタシも入るわよッ!」


 二人が躊躇なく飛び込んでいったのを見て、仕方ないと続くように。神凪も真紅の翼を全力ではためかせて、今に閉じようとする黒い裂け目へと突っ込み、完全に閉じる直前、強引にその裂け目をこじ開けつつ異空間へと無理矢理に入り込んだ。

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