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13.錬金術、その真髄

 最初に動いたのは、手足は赤い肌へと変貌し、黒く鋭い凶器の生え揃った、《竜の血脈(ドラゴン・ブラッド)》を継ぐ赤髪のドラゴン少女、神凪麗音(かなぎ れおん)だった。


 その背から伸びる真紅の翼をはためかせ、一瞬にして相手の錬金術師、比良坂(ひらさか)との間合いを詰める。あくまで一軒家の中の一室であり、二人の距離などたかが知れている。


 よって、本来ならその動きに対応できるはずもない。だが、彼女の飛ぶ勢いを乗せた赤い拳から放たれるグーをひらりと避けながら、比良坂は部屋の片隅に立てかけてあった近代的な金属製の杖――《虚無世界行き鉄杖(ニューディメンサー)》を左手に握る。


 手に取った杖をひと振りすると、神凪も上鳴(うわなき)から事前に話を聞いていた通りの結果ではあるが、やはり真っ暗な別の空間へと繋がる裂け目がその場に現れる。


 続けて、杖を握っていない右手をその裂け目へと突っ込んで、その異空間から取り出したのは――黒い球体状の物体から白いヒモが伸びた、きっと万人が思い浮かべるであろう危険物。つまりは爆弾だ。


 自らを爆発に巻き込んでも尚、生き延びる確証があるのか。比良坂は躊躇う事もなく、その黒い球体にまるで魔法のように手のひらへと手慣れたように灯した炎を近付けていく。


「……ちょ、自爆なんて聞いてない! 流石に間に合わな――」


 自身で放った攻撃を外してしまった反動が体にのしかかり、すぐには動けずにいる神凪ではもう、その爆弾への着火を止める事ができない。


「させるかああああああああああああああああああああああッッ!!」

「――っ!?」


 だが、ここで戦っているのは神凪一人だけではない事も忘れてはならない。


 いざという時の為に少し離れた所から様子を伺っていた上鳴は、比良坂の動きにいち早く反応して横から飛び込むように、その爆弾へと掴みかかり――火が灯る寸前で奪い取って、そのまま窓の外へとラグビーのパス回しのような要領で放り捨てる。


 明らかな危険物をこんなにも粗末に扱うのは流石に気が引けたが、目の前で大爆発するよりは遥かにマシなはず。


 二階の窓から落とされた爆弾にはかなりの衝撃が入ったはずで、激しい音と衝撃に身構えてはみたが……意外にも、特に何も起こらなかった。とっさの判断に自分を褒めてやりたい気持ちもあるが、そんな暇はどうやら与えてくれないらしい。


御削(みそぐ)! 助かったわっ! あとはアタシに任せて――」


 その黒く鋭い凶器を向けて突撃する神凪。しかし、対する比良坂の反撃は止まらない。


 次に黒い裂け目から取り出したのは、緑色の宝玉だった。手に取ると同時、刻まれた紋様が生きているかのように動き始めて――ゴウウウウウウウウウウウウウウッッ!! と、場の全てを吹き飛ばす暴風が比良坂の握る宝玉を中心として吹き荒れる。


 部屋の壁へと勢いよく押さえつけられて磔にされてしまった神凪は、たった道具一つで、自力で身動きさえ取れない状態にまで追い詰められてしまった。


 しかし、対して暴風の中心にいる比良坂はもちろん自由の身だ。続けて、黒い裂け目から取り出したのは――一本の槍。


 これもまた錬金術で作ったのだろうか。しかし、これまでに出てきた道具群と比べると変な小細工をされている気配もない、錬金術で作ったからには何かしらの特殊な力が備わっているのだろうが、ただただ突き刺すだけでも十分致命傷となり得る普通の槍だった。


「一六年がどうとか、あんなに先輩ヅラしておいて結局この程度なんだ。はあ、なんだか本気出して損しちゃったかも」

「くっ、立て……ない……ッ!!」

「か、かな、ぎ……っ!」


 上鳴はまさかと思った。いくら錬金術によって作られた多彩な道具を扱うとはいえ、《竜の血脈》の力を持つあの神凪が、力で押し負けているという事実に。


 あの槍が放たれる前に神凪を守るべく、彼も立ち上がろうと試みるが……常人を超えた身体能力を有する神凪でさえこの暴風は耐えられないのだから、結局はただの高校生でしかない上鳴ではまず無理だろう。


 そして、吹き荒れる暴風、その中心で比良坂は冷酷にも告げる。


「さようなら。これがわたしの錬金術、その真髄だよ」


 言い終えると共に、身動きの取れない彼女に向けて、その槍を風の勢いに乗せて発射した。


 放たれた槍の先端が、彼女に突き刺さろうとする――その直前だった。


「――このアタシを、なめるなあああああああああああああアアアアアアアアアアアッッ!!」


 ――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 強烈な打撃音と共に、神凪が押さえつけられていた場所の壁が勢いよく崩れ落ちた。


 立ち上がり、避ける事はできないながらも。その手だけでも何とか動かして、吹き荒れる風の勢いをも利用して、部屋の壁を殴り壊したのだった。


 神凪はそのまま外へと飛ばされていく。だが、その背中からは真紅の翼が生えている。むしろ、どこまでも広がるこの大空こそが彼女の主戦場であると言わんばかりだった。


 バサッと翼を一度はためかせるだけで、絶体絶命の状況から一転、体勢を立て直す。


「ちっ、逃さないからっ!!」


 比良坂は、再び裂け目に手を伸ばすと――次に取り出したのは、天使なんかの背中から生えているイメージの、白い翼。


 これもまた錬金術で作った道具なのだろう。効果もやはり見た目通、。その羽を自身の背に取り付けると、バサアアアアァァッ! 神凪を追うように、部屋の割れた窓から翼を取り付けた少女が勢いよく飛び出していった。

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