12.対峙するは竜の血を継ぐ少女
比良坂が今も錬金術を行っているであろう、部屋の扉を上鳴が開けると――ドドドドドオオオッ! と、その場で立っているのがやっとの激しい突風が吹き抜ける。
その部屋の主である少女は大きな釜へと向かい、何かをかき混ぜ続けていた。どうやら、また錬金術で何か新しい道具を作り出そうとしていたらしい。
こちらに気づいた黒髪の少女は、釜に突き刺したかき混ぜ棒を握りながら、扉の方を振り向いた。
そして、部屋までやってきたのが彼女の錬金術に溺れる現状を知っている二人だと分かると、途中であるはずの釜でさえ放り出して、まさに臨戦態勢といった風にこちらを警戒しながら口を開く。
「御削くん。もうわたしの邪魔はしないでって言ったはずなんだけど? それに神凪さんまで。あの時はわたしの錬金術を見て、凄いって褒めてくれたのに、どうしてこう……みんなしてわたしの邪魔ばかり……っ」
「どうして、ねえ?」
上鳴よりもさらに一歩前に踏み出た神凪は、普段の比良坂では考えられない、場も凍てつかせるほどの圧力を前にしても強気な態度を崩さずに続けて。
「まず一つ、比良坂さんに黙っていた事がある。アタシ、神凪麗音は世界で唯一、《竜の血脈》を継いでいるという事。……そして、竜の血を継ぐ者には果たすべき『役目』があるの」
竜の血を継いだ彼女には役目がある。それは上鳴もよく知っている内容だった。実際に果たしているかどうかは別にしてではあるのだが、これは嘘偽りない、紛れもない事実だ。
「無秩序に『異能』を振るい、世界のバランスを崩そうとする人間を殺す。比良坂さんも、適度に錬金術を学ぶくらいだったらまだ見逃していたわ。その程度なら、わざわざ殺してまで止めるほど、世界に与える影響は大きくなかったから。でも、今の自分を見てどう? アンタはもう一線を超えてしまった。だから、アタシはアタシの役目を真っ当しなければならないの。ただそれだけ」
ある程度の事実を織り交ぜつつ、嘘をつくのが上手いなあと。後ろで聞いていた上鳴はつい驚いてしまう。
確かに、神凪の語る『役目』――それは事実だ。だが、それを語る張本人は、実際にその手で異能を殺した事なんてない、ただ竜の血を継いでいるだけの優しい人間だという事も彼は知っている。
それに加えて裏表のない彼女の性格柄、こういった嘘をあまりにも自然につらつらと並べられるのは少し意外に感じたのだった。
しかし、《破滅の錬金術》について書かれた本を処分する、というこの戦いにおける本当の目的を隠すには、これ以上ないカモフラージュになるだろう。
「……そう」
あまりに物騒な言葉を耳にして。普段の比良坂ならきっとおどおどし始めるはずだった。人見知りで、特に神凪のような性格の相手だと、さらに話ベタになってしまうのは、幼い頃から付き合いのある上鳴もよく知っている。
しかし、錬金術師としての彼女はそうなるどころか、自身を殺そうとする刺客を前にしてより一層奮い立つかのごとく。
「それなら良かった。そっちがその気なら、わたしだって――神凪さんのこと、手加減せずに、本気で殺しちゃっていいんだもんね?」
「ふんっ、最近錬金術に触れたばかりのシロウトがぬけぬけと吠えるわね。こっちは生まれて一六年間ずっと、このファンタジーな力と一緒だってのに」
向かい合う両者からは、本当に殺し合いが始まってしまいそうなピリピリとした空気感が漂っている。……というか、少なくとも比良坂が放つ殺気は紛れもない本物だろう。神凪にその気がない以上、本当の殺し合いに発展する事はないと信じたいが。
もし、誰かが死ぬとなれば――それは、神凪の力でさえ比良坂の錬金術に届かなかった時。そうなるともう、誰にも彼女は止められないだろう。
「時間なんて一つの指標にすぎないのに、それを引き合いに出してくる時点で底が知れてるんだけど。……それじゃ、始めよっか。前は実力不足で見せられなかった、わたしの錬金術――その神髄を見せてあげるねっ」
「たった一年とはいえ、人生の。そして何よりファンタジー世界においての大先輩として、調子に乗りすぎたアンタを軽くひねり潰してあげるわ」
交差する二人の言葉を皮切りに。
片方は『薬品』を手にすると、ぐいっと躊躇なく飲み干して。
もう片方はその両手、両足を凶器へと変貌させ、その背からは『真紅の翼』を顕現させて。
錬金術と竜の血脈。それぞれが誇る『ファンタジー』同士のぶつかり合いが今、幕を開ける。




