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11.錬金術師の住まう家

「いよいよ、か」

「ええ。覚悟は……なんて聞かなくても、アンタの事だしきっと大丈夫よね?」

「え? ……ああ、うん」


 いざ、錬金術師の住まう家を前にして。神凪(かなぎ)はそう言うが……正直いえば上鳴(うわなき)は、これまでにないくらいの緊張感に襲われていた。だが、ここまで来て今更弱音なんて吐いていられないだろう。


 今も比良坂(ひらさか)が錬金術を行うその場所は、ただの一軒家であるはずなのに、ゲームのラスボスが待ち構える根城、まるで魔王城のようだった。


 そうなるとこちらは魔王城を攻略する勇者パーティのような気分か。パーティといえば四人くらいが相場なはずが、今は上鳴と神凪、たった二人だけではあるのだが。


 無数の破片に襲われて、それでも身を投げ出して比良坂を止めようとするも逆に追い詰められて。自身の身体に銀色の巨針が突き刺さる、あの最後の光景を思い出すだけで、激しい吐き気がこみ上げてくる。


 ……無理もない。彼はそもそも普通の高校生。特別メンタルが強い訳でも、ケンカが強い訳でもないのだから。


 それでも、挑まなくてはならない。錬金術師・比良坂楓(ひらさか ふう)から、幼馴染・比良坂楓を取り戻すための戦いに。


「……そうだ、神凪。一つお願いがあるんだけど」

「ん? 急に恐くなってきちゃった、とかだったら軽く幻滅するわよ?」

「いや、恐がるなって方が酷じゃないか? そうではなくて、その――()()()()()()()()()()()()()()()


 神凪には悪い事を頼んでしまうな、とも思った。自ら血を出して、それに触らせてほしい。とても残酷で、無理なお願いである事は分かっている。


 それでも、あのエルフと対峙した際に借りた力。もう一度、頼る事ができれば少しは心に抱く不安も飛んでいくだろう。弱い自分が未知の力に対抗する以上、頼れる物にはなんだって頼る。それが弱いなりの戦い方なのだった。


 一瞬、神凪は理解に苦しむような表情をしていたが、彼のお願い、その意味を理解すると――彼女は当然のように首を横に振る。


「はあ? 何言ってんのよアンタ、ダメに決まってるでしょ?」

「そ、そうだよな。いくら何でも自分の血なんて……」


 まあそうだろう。自分の身体に傷を付けるなんて、自分でも進んでしたいとは思えない。誰だって痛いのは嫌に決まっている。


 あの時の力があれば心強いな、くらいの気持ちで聞いてみただけで、力がないなら無いなりに、自分の精一杯を尽くすだけの事だ。竜の力だって、結局は気休めでしかないのだろう。


 だが、彼女が上鳴のお願いを断ったのは、どうやら別の理由かららしい。


「いや、アタシの血くらい、いくらでも持っていったって構わないけどね。アンタ、自分がどんな状態になっていたか忘れたの? あの時はたまたま事なきを得たとはいえ、自分から竜の『狂気』を取り込むなんて、ムチャにも程があるでしょ!?」


 神凪は神凪で、彼の事を想っているからこそ、その血には触れさせたくない。一度、彼が血に触れて、狂気を纏った状態から戻れたからといって二度目があるとは限らない。


 ここで安易に血に触れさせて、彼が戻れなくなってしまったら。ましてや、彼が死んでしまう事になれば。一生どころか死んでからも永遠に後悔し続けるだろう。


「ごめん。変な事聞いちゃったけど……気を取り直して、行こうか」

「アタシが比良坂さんの攻撃からできるだけ護るから。御削はとにかく無理しないで、あの本を処理する事だけを考えて」

「ああ。俺が無力で……ごめん。力を貸してほしい」

「当然でしょ。だってアタシは御削の、カノジョなんだから」

「本来ならそのセリフ、俺が言うべき言葉なんだけどさ」


 覚悟を決めて、二人はそう言葉を交わしながらゆっくりと。


 比良坂が今も《破滅の錬金術(ロヴァス・アルケミー)》を行っているであろう、その作業場である一軒家へと足を踏み入れる。

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