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9.自分だけが巻き戻る

 気が付くと、上鳴御削(うわなき みそぐ)は自室のベッドで横になっていた。寝て、目が覚めた時の感覚とはまた違う。まるで動画のカット編集のように、別の時間同士が無理やりに繋ぎ合わされた、そんな違和感が全身に残るようだった。


 両手に負ったはずの怪我も元々なかったように消え去っていて、まるで彼の身体だけが巻き戻ったような――いや、本当に――(ふう)との戦いの前の状態に戻っていたのだ。


 時間は確かに経過しているし、記憶だってそのままだ。今でも鮮明に、比良坂(ひらさか)との戦いとその光景、最後にあのレイピアで突き刺された瞬間まで思い出す事ができる。


 《刻限の指針(リワインダー)》とかいう、錬金術で作ったらしい道具によって巻き戻ったのは本当に、彼という存在の状態、場所だけらしい。


 つまりは、錬金術に溺れたあの比良坂の姿だって紛れもない事実であり、現在進行系で錬金術師としての道へと突き進み、人としての道を踏み外そうとしている。


「……楓。まるで何かに取り憑かれたみたいだった。でも、あれはきっと楓の本心……だろうな」


 錬金術に溺れた比良坂は、人が変わったように残虐で、暴力的だった。しかしそれは、気弱で自分を出せなかった彼女が、ずっと心の奥底に溜め込んでいた本音なのだろう。


 だが、彼女の取り柄は錬金術だけじゃない。だからこそ、錬金術に溺れて、もっと大切な何かを失う前に――元の『比良坂楓』に戻ってほしいと、心からそう思う。


「あまり巻き込みたくはなかったけど……、楓が錬金術をしている事を知っていて、頼れそうなのはやっぱり神凪(かなぎ)しかいない、か」


 さっき、この身で経験した通り。錬金術師としての比良坂はあまりにも危険であり、彼一人でもう一度向かったとしてもただの高校生である彼には何も出来ずに今度は本当に殺されてしまうだけだろう。


 誰かの助力を得たいが、やはり比良坂が錬金術師であるという事情を知っている相手――となれば、そもそも上鳴は一人しか身に覚えはない。


 今も充電されっぱなしになっているスマホのコードを抜くと、比良坂が錬金術師である事を知る唯一の相手、神凪麗音(かなぎ れおん)へと電話を掛ける。……いつかのあの日とは違って、幸いにもすぐに通話が繋がった。


『もしもし。御削、いきなり電話なんてどうしたの?』

「良かった、通じたか。ごめん神凪。少し話したい事があって。……比良坂楓の錬金術について、なんだけど」


 その言葉を聞いた神凪が、少し言葉を詰まらせるように間を置いてから。


『それなら奇遇ね。アタシも、その錬金術について御削に話があったの。わざわざ電話を掛けてきた所を見ると、やっぱり緊急事態みたいだしね。分かった事についてまだ纏めきれてないから、ちょっと遅くなるけど……一時間以内には向かうから、とりあえず家で待っていてちょうだい』

「ああ、分かった。すまない神凪」

『ううん、少しでも可能性を感じた時点で御削にも伝えておくべきだったのかしらね。けど、詳しい話は後で、電話ではなくゆっくりとしましょうか』


 何だか神凪の方でも、大事になりつつあるようだが……ひとまず、それは会ってから話をする内容だ。


 上鳴の方でも、比良坂の現在の状況や、爆弾から空間を裂く近代的な杖といった錬金術の道具など。実際に戦ったからこそ分かっている情報について、神凪へとスムーズに伝えられるように整理して、纏めておく事にした。

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