8.相手は比良坂と錬金術
「み、御削くん。どうしたの? そんなに慌てて……」
「どうした、じゃない。楓、学校にも行ってないんだって? 部屋からも出てこないって、親御さん、困ってたぞ」
母親ですら言っても聞かないこの状況。一筋縄ではいかないだろうと思い、上鳴は声を荒らげ、少しきつく言い聞かせる。
だが、対する比良坂は話を逸らすかのように。
「……そんなことより。見てよ! これ、『金』……調合できたんだよ。どうかな?」
言いながら、その手に持った輝く純金を上鳴の方へと見せつけてくる。きっと、質屋に持っていけばその大きさから数十万、あるいは数百万という値段のつく代物である事は間違いない。……しかし、高校生にとっては思わず目もくらむような価値であるそれさえも、彼はくだらないと一蹴して。
「だから何だ。周りに散々心配をかけておいて、金を生み出せたからって――俺には、何も凄いなんて思えない」
彼の狙い通り、その言葉が彼女の心に深く突き刺さったのか。手入れをする間も惜しんで錬金術をしていたせいか、だらしなく乱れてボサボサになった黒髪を両手で激しく掻きむしりながら、その少女は目を見開き、ヒステリックに叫ぶ。
「御削くんには分からないよッ!!」
彼の心臓が恐怖と驚きでバクンと跳ね上がる。こんな比良坂は、幼馴染として昔の彼女をも知っている上鳴でさえ初めて見た。気圧されて、思わず一歩後ずさってしまうのも仕方がないだろう。
そんな彼女は、追撃かのごとく――続けて。
「わたしは勉強だって普通だし、運動神経なんてほとんどゼロ。病弱だし、人と話すのだって苦手だし、取り柄なんてひとつもない。でも、そんなわたしにも『錬金術』という才能があった。それに縋って、なにが悪いっていうのっ!?」
だが、その内容はあまりに的外れで、根本的な所から破綻していた。何故なら――比良坂は、自分に都合の良い事しか話していないからだ。そもそも、彼女には――。
「楓。お前に取り柄がないなんて嘘だ。もしお前に取り柄がないってなら……俺はここまで来ていない。ちょっとクサくてベタなセリフかもしれないけどさ。お前には『優しさ』がある。ここまで人を惹きつける魅力が、お前にはあるんだよ」
それは、彼が本心から放った言葉だった。しかし、その言葉でさえも比良坂の心には届かない。
「そんなこと、口でならなんとでも言える。気休めでしかないのは分かってる! 自分には『錬金術』しか取り柄がないことくらい、わたしが一番よく分かってるからっ!」
「……楓。やめろよ、そうやって自分を卑下するのなんて。少なくとも、俺がここまで来るほどの価値がお前にはあるんだ。それが気休めじゃない、何よりの証拠だろ」
彼の言葉を聞いて。比良坂は思わず呆れたように、笑い始めてしまう。普段の彼女とは違う、感情の起伏が不安定な比良坂に困惑してしまう上鳴に、さらに質問を返す。
「じゃあ、御削くん。わたしがこうして錬金術にはまって学校にも行ってない事、どうやって知ったの? 御削とチャットでお話してた時だって、このことは書いていなかったし、御削くんが知っているはずがないんだよ。まあ、わたしには御削くんが誰からこの話を聞いて、ここまでやってきたのか。想像はついているけどね」
上鳴は、何も言葉を返す事ができなかった。……確かに、家まで彼女の母が訪ねてこなければ、彼はこの事に気づくことさえできなかったからだ。それを比良坂は完全に見抜いていて、何も言い返せないと分かって言ったのだろう。
「『わたしに錬金術を止めてほしい』って、お母さんに頼まれて来たのなら――じゃあ、力尽くで止めて見せてよ。わたしには錬金術の才能がないって、諦めさせてよ」
比良坂は、部屋の片隅に立てかけてあった、杖を右手で掴み取る。
恐らくは彼女の錬金術で作られた産物なのだろうが、錬金術というどこか中世時代の古臭いイメージとは裏腹に、妙に近代的な鉄製の杖だった。
「これは《虚無世界行き鉄杖》っていう、錬金術で作った道具でね。異空間に色々な物をしまっておけたり、とっても便利なんだよ」
その近代的な杖をひと振りすると、杖の先端が描いた弧をなぞるように、黒色が覗く『空間の裂け目』が現れた。
その裂け目の奥へ、杖を握っていない空いた左手を突っ込むと、何やらガサゴソと『物』を取り出しているようだった。
やがて、裂け目から取り出した左手に握られていたのは――紫色の石。
一見、ただのアメジストといった宝石のようにも思えるが、その石の中心部は今にも抑え切れずに暴発してしまいそうなエネルギーの集合体が、もぞもぞと蠢いている。
それが一体何か、未だに理解していないであろう彼に向けて。比良坂は続けて。紫色の石、その正体を告げた。
「たとえば、爆弾とか……ね?」
言いながら、彼女は――間も置かずに上鳴の方を目掛けて紫色の石を放り投げた。
その途中、内部に取り込んだエネルギーが膨れ上がり、ついに限界に達したのか。彼女の言った通り、その石は勢い良く破裂して、紫色の破片が四方八方へと放たれる。
爆弾、とは言うが、どうやら爆発自体で攻撃するものではないらしい。爆発によって放たれた、尖った破片を撒き散らし、相手に突き刺すことで攻撃する代物らしい。
「くっ、そおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
自らの両腕を盾にするような形で前屈みになり、何度も針であちこちを突き刺されるような痛みに耐えながらも、破片の雨を受け止めて凌ぎ切る。
しかし、破片を受け止めた両腕を見てみると、当然のように――大量の出血により、真っ赤な鮮血で染まっていた。
言うまでもなく。比良坂は本気で彼を追い返そうとしているらしい。普通の高校生である上鳴が、少しでも手加減なんてしてしまえば、間違いなく……死ぬ。
「いくら相手が御削くんだとしても。わたしの邪魔をするなら、容赦はしないから」
比良坂は続けて、机の上へおもむろに置いてあったはずの薬品を手に取ると、それを一気に飲み干した。
その薬品が喉をごくりと通った瞬間、ギュンッ! と、比良坂の目が激しく見開く。彼女の瞳孔が、まるで怒りに蝕まれていくように血の滲むような赤へと変わっていく。
何が起こっているのか、上鳴には当然理解も及ばない。だが、人体にとって良くない物であることには違いないだろう。
取り返しのつかない事が起こる前に、彼は比良坂を止めるべく――小さな部屋の奥に立つ彼女の元へと走る。
距離は一瞬にして縮まり、彼の手が届く位置までやってきた。そのまま強引に押し倒してでも彼女の動きを止めようと、迷わず覚悟を決めて飛び込んだ。
運動があまり得意ではない比良坂なら、一気に畳み掛ければ簡単に止められると甘く考えていた。
しかし、実際は――ただ彼が一人で、部屋の壁へと豪快にぶつかっていっただけだった。
何が起こったのか分からず、思わず比良坂の立ち姿を見つめる上鳴に向けて。
対する彼女は、相手にこちらの手の内を見せても尚、自身が優勢である……という事を確信していたからこそ、無駄口だと分かっていてもつい言葉を出してしまう。
「これは錬金術で作った、『時間感覚を狂わせる薬』だよ。飲むと、時間の流れがとてもゆっくりに感じちゃうんだ。どう? 錬金術って、すごいでしょ?」
そう言う彼女の目は、気づけば完全に真っ赤に染まっていた。神凪のルビーみたいに綺麗な瞳とは違う――どこかグロテスクで、生気も感じない血に染まった目で。
さらに、あの薬品の影響か。その体は不自然に震えていた。時間感覚と共に、その体まで狂わせてしまう……そんな危険な薬だ。
「楓……、お前、そんな薬に頼って――」
「御削くん、何を言っているの? だって、これはわたしが錬金術で作った薬だもの。言ったよね。『わたしを止めたいなら、わたしに錬金術の才能がないって諦めさせて』って」
あくまでこの戦いは、『錬金術師』としての比良坂を倒さなくては意味がない。薬品でも爆弾でも。あの杖も、全て錬金術で作ったものであれば、それは錬金術師としての彼女の力と同義なのだ。
だからこそ、比良坂楓は、自身の持つ錬金術の力――その全てをもって、上鳴を迎え撃つ。
「もう終わり? ずいぶんとあっけないけど、仕方がないよね。これがわたしの錬金術の、才能なんだから」
「ま……、だだッ!」
破片が突き刺さり、全身を強打して――すっかりボロボロになった彼は、それでも錬金術師・比良坂楓を止めるべく再び立ち上がる。
全力で彼女へと掴みかかろうとするが、再びひらりと。彼の全力さえ容易く避けられてしまう。それどころか、逆に上から馬乗りになり、床に押さえつけられてしまった。
比良坂は、再び近代的な杖を振り、現れた裂け目から今度は巨大な針のような短剣、銀色のレイピアを取り出した。それは見るからに。人間に突き刺せば、命など簡単に刈り取ってしまう明確な『武器』だ。
「ふ、楓……、や、やめ――やめろおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
銀色のレイピアを見てまさかと目を疑ったが、わざわざこのタイミングで取り出した細剣の使い道なんて、一つしか存在しない事に上鳴は気が付いたその瞬間。計り知れない恐怖に襲われ、思わず叫んでしまう。
そんな彼をなだめるかのように優しく、それでいて背筋を震え上がらせるような冷たい声で、彼の上へ馬乗りになって動きを封じている比良坂は。
「大丈夫。これは《刻限の指針》、突き刺した物を過去の状態、場所へと戻す道具で、痛みは感じないみたいだから。自分に使ったことはないから知らないけどね」
「ダメだ、楓ッ! まだ引き返せる。錬金術をやめろなんて言ってないんだ、せめて趣味程度に留めておけば――」
苦し紛れに上鳴は叫ぶが、どうあがいてもその言葉は彼女には響かない。
「――ごめんね。わたしはもう、錬金術を極めるって決めたから。錬金術しか、残ってないんだから。……じゃあ、もうわたしの邪魔はしないでね? さようなら、御削くん」
そして比良坂は、銀色の細剣《刻限の指針》を、上鳴の身体へひと思いにグサリと突き刺した。




