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6.遠ざかっていくようで……

 比良坂(ひらさか)の家を後にして。時間も丁度五時手前ほどで辺りはもう薄暗く、それに明日は学校なので、少し早いが解散する事にした。


 ……この時間だと、これから何処かに行こうにも絶妙に時間が足りないのだ。


「アタシはこのまま帰るわね。それじゃ御削(みそぐ)、また明日」

「ああ、また明日。……そうだ、家まで付いて行こうか? まだ少し明るいとはいえ、一昨日みたいな事があったら心配だし」

「別にいらないわよ。あのエルフはイレギュラー中のイレギュラーなだけで、黒ずくめの刃物男くらいだったら指一本で返り討ちにできるから」


 例えでも何でもなく、本当に()()()で何とかしてしまいそうなのが洒落にならない。何なら、彼女の指……厳密にはそこから伸びる爪は、そこらの刃物よりもよっぽど凶器である。


 一昨日のエルフの少年は、弓矢による奇襲に視界外から現れる植物といった搦手にやられてしまったが、そもそも神凪(かなぎ)は大前提として、そこらの人間程度じゃ相手にもならないくらいには強い事を上鳴(うわなき)はその身をもって知っている。


 だが、そんな彼は、神凪の弱い面も同時に知っている。肉体的にではなく精神的な面で。だからこそ、上鳴は心配に思ってしまったのだった。


 しかし、過剰な心配は相手にとっても良い物ではないだろうとも思ったので、彼は。


「まあ、無理についていくのも悪いか。それじゃ、くれぐれも気をつけて」

「ええ、ありがとう。それじゃ御削、また明日」


 神凪が、上鳴家の前に停めておいた自転車にまたがると、ペダルを力強く漕いで、そのまま寒空の下を颯爽と走り去っていく。

 

 対してしばらく手を振り、見送って――やがて一人になった上鳴は――ふと、比良坂が見せてくれた、これまた不思議な現象を思いだす。


「『錬金術』……か。まさか(ふう)まで、いつの間にファンタジーな世界に触れていたなんてな」


 鍋に投入した野菜をかき混ぜ続けて、入れた材料からして絶対にあり得ないであろう、ショートケーキを作り出してしまった『錬金術』という摩訶不思議な力を。


 神凪を始め、ただの友人であったはずの天河(あまかわ)。そして、幼馴染である比良坂まで。彼の知らない所で、それぞれ種類や方向性は違えど『ファンタジー』な世界へと足を踏み入れでいたのだ。


 対して、彼はそんな不思議な世界がある事さえつい先日まで知らなかったし、いざという時に人を守れたり、我も忘れて夢中になれるような特別な力など持っていない。


 一人、置いてけぼりにされているようで、どこか劣等感をしまうのも無理はないだろう。


「……帰るか。こんな事を考えた所で、俺の何かが変わる訳じゃあるまいし」


 別にこれといって欲しい力だとかがある訳ではない。ただ――ちょっとだけ、寂しさを感じてしまう。近しいと思っていた存在が、彼の元からどんどん遠ざかっていくような。そんな感覚に苛まれるのだった。

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