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5.錬金術製ショートケーキ

「へえ……、本当にただの野菜がケーキに変わっちゃった。話に聞いた事はあったけど、本当に凄いわねえ、錬金術って。食べたいかどうかは別にしてだけど」

「うん。流石にわたしも、錬金術で作ったものを食べようとは思わないけど……」


 白濁の液体が煮えたぎる鍋の中から、比良坂(ひらさか)がすくい上げたのは――洋菓子店に並んでいても何の違和感も抱かないであろうクオリティの、カット済みのショートケーキだった。


 スーパーで買ったモヤシとかキャベツやらを鍋に投入して、そのまま煮込んで混ぜ続けた挙句、どういう原理なのかこの目で見た今も全く理解が及ばないものの――出来上がってしまった。


 得体の知れない白色の液体から現れた、という過程さえ知らなければ、誰もが疑うことなく口にしてしまうであろう。それほどの完成度だった。


「……って事は、捨てちゃうのか? 勿体ない、それなら俺がひと口――」


 上鳴(うわなき)は、どうせ捨てるならと錬金術で生み出されたショートケーキ、スポンジと生クリームを共にひとつまみして、躊躇う事なく口へとまっすぐ運ぶ。


「……えっ、御削(みそぐ)くん、流石にやめたほうがいいんじゃ!? お腹でも壊したら大変……」

「まあ、材料にも食べたらマズイ物は入ってないし、大丈夫だとは思うけど。それにしても、よく躊躇なくイケるわね。気分的な問題で」


 神凪は呆れ気味で、比良坂に至っては毒でも口にしてしまったかのように慌てている。


 だが、普段から賞味期限切れの食べ物だろうがとりあえず口に入れてイケるかどうか確認してみる彼にとっては、むしろ普段よりも安全そう見えてしまう。


「ん? いや、見た目は完全にケーキだし別に……うん、やっぱり美味い。市販のケーキなんか比べ物にならないくらいに」


 そして、肝心の味の方もまさにショートケーキ、そのものだった。


 万人が想像する王道な味ながら、生クリームにはコクがあり、スポンジも綿のようにふわふわしていて、それらの絶妙なバランスが口の中へと広がる。


 正直、これまでの人生で食べたケーキの中でもトップクラスに美味しい。錬金術という他にはない隠し味が、さらにそう感じさせるのかもしれない。


 そこまで言われると、最初は食べるつもりのなかった二人までどうやら気になってきてしまったらしく。


「それなら、わたしも一口……。んん、お、おいしい……っ!」

「そ、そこまで言うなら……比良坂さん、一口貰うわよ」


 恐るおそる、錬金術で作られたケーキを口に入れた二人だったが――噛みしめた瞬間、揃って幸せそうな表情を浮かべている。


 それから、たったひと切れのケーキが無くなってしまうまではあっという間だった。



 ***



 軽くケーキを食べ終え、すっかり落ち着いた雰囲気の中で。上鳴はふと、比良坂に質問する。


「というか、(ふう)。いつから錬金術なんて始めていたんだ? 全然そんな素振りもなかったけど」

「まだそんなに長くもないよ。今年の初めくらいに錬金術を知って、それから毎日少しずつ練習してるの」


 そんな比良坂の返答に、神凪はまたもや怪しむような表情を浮かべながら口を挟む。


「……一ヶ月? いくら何でも早すぎるんじゃない? またくだらない噓でもついているんじゃないでしょうね?」

「ふええっ!? もう噓なんてつかないし、そもそも、こんな噓をつく意味もないのに……!」


 もう錬金術については二人の前で実演するまでに至った。今更、さらに嘘を重ねてまで隠すような事でもないだろう。


 神凪もそう思ったのだろう。さっきの本気で怯えられてしまったのが意外と堪えたのか、一度冷静になってから。


「言われてみればそうね、ごめんなさい。流石に疑い過ぎたわ。……その話を一旦信じるとして、それにしても早すぎる。一ヶ月練習すれば扱えるような術なら、世界的に広まっていてもおかしくないもの。誰かに錬金術を教えてもらったとか?」


 錬金術という概念について、上鳴は当然のように知らないが、それでも一ヶ月であれほどの事ができるようになるのかと驚愕してしまう。


 錬金術についてふわっとではあるが知っているらしい神凪でさえ、思わず疑惑の目を向けてしまう――それほどまでに、彼女の錬金術の上達スピードは異常なのだった。


 そんな比良坂は、キッチンの隅に置いていた一冊の本を手に取った。


 年季の入った革に、金色の刺繍でどこか不思議な紋様をあしらった、傍らで錬金術を眺めていた二人も見つけて気になってはいた、辞典のように分厚い本だった。


「街の本屋さんで見つけたんだけどね。これに錬金術の基礎とか、レシピがたくさん載ってたの。それを読みながら、ちょっとずつ練習してたって感じ」

「ふうん。比良坂さん、ちょっと読ませてもらってもいいかしら?」

「うん、もちろん」


 神凪がずっしりとした本を受け取ると、とりあえず最初の一ページ目を開いて読み進めてみる。


 ……しかし、何が書かれているのか、全く読めやしない。いつの時代の、どこの言語の本なのか? そもそも、読ませる為に書かれた物なのか?


 色々と考えを巡らせるが、次第に頭を抱え、解読をすっかり諦めてしまった彼女は。


「比良坂さん。これ、本当に読めたの? 何が書いてあるのかさっぱりなんだけど、そもそもどこの国の言語よこれ……」

「え? うん、確かに見たことのない文字だけど……普通にスラスラと内容は入ってきた、かな」

「……そう。流石にアタシでは読めそうもないわ。こんなに法則が不規則な言語、初めて見たくらい。ありがとう、比良坂さん」


 元あった場所に本を戻すと、神凪は何か考え事でも始めたのか、すっかりだまりこくってしまった。


「楓には凄い物を見せてもらったよ。それじゃ、そろそろいい時間だし、俺たちはそろそろ帰るよ。行こう、神凪」

「んえ? ああ、そうね。外も暗くなってきた事だし……」


 何だか心残りがあるように、神凪は読めなかった本を見つめている。彼女は頭も良いし、何より『ファンタジー』の世界に生きている。


 そんな彼女が読めず、ごく普通の中学生である比良坂には読めたのが相当悔しかったのかもしれない。


 これが比良坂の持ち物でなければ迷わず持ち帰り、読めるようになるまで本とにらめっこを続けていただろう。


 だが、あまり長居しても悪いし、もしここで神凪にあの本をもう一度渡せば最後、二度と帰れなくなってしまいそうだ。


 上鳴は半ば強引にそう切り出して、手遅れになる前に帰ることにした。

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