4.錬金術に触れし少女
「錬金術……か。神凪、知ってる?」
「ええ、詳しくはないけどね。一口に錬金術といっても色々種類はあるみたいだけど、大体は『物質そのものを作り替えて、別の物質を生み出す』力の事を指す。先人が『金』を生み出す事を目指して研究を続けてた――って話が有名だから、一般的にもそのイメージが強いけれど」
あの爆発があった時点で薄々、また『ファンタジー』な何かしらが関わっている可能性は考えていた。
故に、神凪はもちろん、上鳴もそう驚かない。
神凪のあの姿を初めて目の当たりにした時は、彼も思わず逃げ出してしまったが……今回の彼は、以前までの彼とは違って少しながらも『その分野』に多少なれ理解がある。
「『賢者の石』なんてのもあったっけ。まさか、それも実在しちゃったり……」
「ないない。確かに錬金術師の最終目標ではあるけれど、それを実際に作ってみせたという記録は残っていない。つまりはそういう事」
『錬金術』という常識的に考えれば信じがたい単語。比良坂は、この事を両親に信じてもらうのでさえ手間取ったというのに。
しかし二人は驚く素振りさえも見せずに。信じているというよりはまるで、錬金術が存在すると確信しているように、勝手に話がどんどんと盛り上がっていく二人を見て。
逆に置いてけぼりにされてしまった彼女は『あれ?』といった調子で。
「えっと、錬金術……もっと驚くかなーって思ってたんだけど……」
「まあ、錬金術は並大抵の努力じゃ手に入らない力だし、初歩的な調合だけでもできれば十分に凄い事だけど……意外と歴史の長い分野だし、今更驚きはしないんじゃないかしら?」
だが、こうなるのも無理はない。神凪はそもそも《竜の血脈》を継いでいるファンタジーそのものであるし、そんな彼女と付き合っている上鳴だって当然、こういったファンタジーな事柄に触れるのは初めてじゃない。
故に、『錬金術』というほとんどの人が聞けば馬鹿げていると感じてしまうであろうその言葉でさえ、簡単に受け入れられてしまうのだった。
何だか下手な嘘をついてまで隠し通そうとしていたのが恥ずかしくなってしまった比良坂は。
「と、とにかく、わたしは大丈夫だから……その、お騒がせしてごめんなさいっ」
「いや、楓が無事ならそれでいいんだ。錬金術ってのにちょっと興味はあるけど……無理に追及するつもりはないよ」
全く興味がないと言えば嘘になる。錬金術というものが一体どんなものなのか、この目で見てみたいという気持ちはあるが……ここは比良坂の気持ちを尊重すべきだろう。
「ありがとう、御削くん。……でも、せっかく来てくれたんだし、まだまだ下手くそでもよければ見ていってほしいなーなんて思ったり、思わなかったり……」
だが、比良坂から見せてもらえるというのならば、わざわざこちらが断る理由もないだろう。
それは神凪も彼に同じらしい。
「アタシも実際に錬金術をしている所は見た事ないし、気になるんだけど……その、アタシが居たらお邪魔じゃないかしら?」
「ふえっ? もちろん、わたしなんかの下手っぴな錬金術でよければ、ぜひ……」
最初のインパクトが強すぎたせいか、未だに怯え気味の比良坂だった。神凪は神凪で、比良坂の反応になかなかショックを受けてはいるが、これは完全に神凪の自業自得である。
苦手という方向性は全く違えど、コミュニケーションが不得手な二人が揃うとどうやら面倒な事になってしまうらしい。
「それじゃ、上がって待ってて。さっきの後片付けがまだ終わってないから……」
「ああ、俺も手伝うよ。お邪魔しまーす」
「アタシも、見せてもらうからには働かないとね。お邪魔するわよっ」
思えば、比良坂の家に最後に入ったのは上鳴が中学生の頃だった。会って話したり、どこかへ出かけたりはしていたものの、こうして彼女の家に入るのは随分久しぶりだなと思いつつ、靴を脱いで比良坂の家へと上がっていく。




