3.爆発騒ぎの張本人
「あっ、御削くんっ! ……と、その人は……?」
玄関のチャイムを鳴らしてから、どこか慌ただしい足音が聞こえつつも。しばらく経つと、つい先ほど爆発騒ぎのあった隣の一軒家から出てきたのは――何やら料理でもしていた最中だったのか、ピンクのエプロンを着けた小柄な少女だった。
黒のボブヘアに、いつもにこにこと笑顔の絶えない彼女は、上鳴や神凪の一つ下、中学三年生の比良坂楓。
学年は違うものの家が隣同士というのもあってか、親同士もご近所付き合いがあり、その繋がりで物心付いた頃には既に仲良しだった、上鳴の幼馴染である。
そんな彼女に対して、こちらの神凪はルビー色の瞳で対抗心ギラギラの鋭い視線を向けながら。
「御削のカノジョ、の神凪麗音よ。どうぞ、よろしくね?」
「ひいっ!? この人、なんか目が怖い……! それに御削くん、いつの間に彼女なんて……?」
言葉の一点を強調した、自己紹介というにはあまりに高圧的な態度のそれに対して、びくっ! とかよわい小動物のように怯える比良坂。
だが、まだ付き合ってから二日とはいえ、それに至るまでが色々とありすぎたおかげで話し慣れているであろう上鳴でさえ、この目で睨まれれば普通におっかない。
それなのだから、若干人見知りの気がある彼女にはかなり厳しいものだったかもしれない。
上鳴は、神凪の頭を後ろからこつんと軽くチョップしながら。
「こら神凪、楓が怖がってるだろ。事前に釘を刺しておいたってのに、まったく……。それに、神凪と付き合い始めたのだって一昨日だし、別に隠してた訳じゃないぞ」
かといって、わざわざ自分から言いに行くような事でもないだろう。
「それで、うちまで来たのってやっぱり、さっきの爆発で……だよね?」
変な雰囲気になりつつある所を切り返すように、比良坂がころっと本題に入る。
彼女が出てきてから、特にこれといったケガをしているようにも見えなかったのと、神凪がいきなり敵対心マシマシで噛み付き始めたのもあって、上鳴は完全に本来の目的を忘れてしまっていたのだが……。
「ああ、そうだった。見た感じケガも無いみたいだし良かったよ。ってか、こっちまで揺れたんだが……楓、料理中に何をやらかしたらそんな大爆発が起こるんだ?」
「りょ、料理? あ、ああ……うん。料理中に、小麦粉を撒き散らしちゃって。それに火がついて、粉塵爆発……だったっけ」
それを上鳴の一歩後ろで聞いていた神凪は、怪訝な顔つきで。おどおどしながらの比良坂の説明を遮るように口を挟む。
「んな訳ないでしょ。どうせマンガとかで見た知識を適当に並べてみただけだろうけど、爆弾なんかにも使われる事があるアルミニウムの粉末とかならまだしも、小麦粉ごときであんな大爆発は起こらないわよ?」
「ひ、ひいっ! ま、また目が怖い……っ」
「ちょ、神凪、一旦落ち着け! そうムキになるなって!」
神凪に怪訝な目で見つめられたのがまた恐ろしかったのか、再びびくんと身体を震わせてから一歩、後ずさりしてしまう。今のは思った事を言っただけで、本人にも悪気はないのだろうが、確かにあそこまで言われると身を引いてしまうのも仕方がない。
……だが、彼もまた比良坂の言葉が、その場しのぎでぽんぽん並べていったように感じられたのもまた事実だった。
それに、軽く燃え上がる程度ならともかく、隣の家まで響く程の大爆発を小麦粉程度で起こせるのなら、もう世界中あちこちで爆発祭りになっているだろう。
とりあえず、神凪の言った内容が正しいとするならば。
それは即ち、比良坂が嘘を付いている、という事にもなる。
比良坂だって、神凪にあの形相で詰め寄られていたとはいえ、少しでも否定の言葉が出てこない時点で彼女の言葉の信ぴょう性をより高めているような物だろう。
「俺も粉塵爆発なんて見た事はないし、ハッキリとした事は言えないけど」
そう前置いたうえで、上鳴は続ける。
「神凪の言っている事が正しいとするなら、楓。どうして嘘をついたんだ? ……まあ、誰にだって秘密はあるんだし、俺たちに見せられないような事だったらそう深くは詮索しないけど」
「えっと、隠してたというか……。そこまで上手くもないし、まだ誰にも教えるつもりはなかった、ってだけなんだけど……」
比良坂は一瞬、続けて話すべきか躊躇ったが、もうどうにでもなれと吹っ切れたのか、続けて。
彼女が口にしたその言葉は、あまりに突拍子のない単語だった。彼が、神凪を連れてきたのは失敗かと薄々感じつつあったその考えを、すっかり掌返ししてしまうような。――それはつまり。
「『錬金術』をしていたの。それで分量を間違えちゃったのか失敗して、爆発しちゃって……」




