1.平凡少女に秘められた才能
黒髪ショートに、ピンク色の可愛らしいエプロンを着けた少女は、ごく一般的な台所で鍋をかき混ぜていた。一見、料理を作っているようにしか見えないが……似ているようで、ちょっと違う。
「ここで十円玉を入れて……、と。あとはかき混ぜるだけ、かな」
ぱらぱらぱらっ! と、ガスコンロの火にかけられた、どろどろとした緑色の液体が煮えたぎる鍋に十円玉を右手にひと掴み、豪快に投入する。
あまりにも奇抜な見た目と材料から、料理中というよりは、化学的な実験中の方がイメージ的に近いのは明らかだ。いくら料理下手属性の強いキャラクターだとしても、ここまでのおどろおどろしい物質はそう生み出せまい。
ちなみに、硬貨を意図的に壊すと軽い罪に問われる――とはまだ中学生である彼女でも知ってはいたが、十円玉には銅以外にも微量ながら金属が含まれていて、それが彼女の『目的』に必要な材料としては一番手に入りやすく理想的だったのだから仕方がない。
それに、もはやこの好奇心を前に、その程度の抑止力で踏みとどまれるはずがないのもまた事実。
彼女の心を魅了して離さない、そんな夢とロマンが、今も煮えたぎる鍋へと詰まっているのだから。
「ぐるぐるー、っと。うん、調合にもだいぶ慣れてきたかな」
今年の一月、新年が始まってすぐの頃。何もない平凡で退屈だった中学生活最後の冬休みに、新たな彩りを加えるかのように。突如、彼女の前に現れたのが『錬金術』だった。
出会ったきっかけは、正月にたんまりとお年玉を貰ってお財布の紐が緩んでしまったのもあり、暇を潰せる本でも買おうかと入った街の古き良き書店。
もう何年売れ残っているのかも分からない、小難しそうな大判の本がところ狭しと並んだ棚にて、彼女にとっては唯一輝いて見えた、一冊の本。
背表紙にタイトルすら書いていない、年季の入った革に金糸の刺繍をあしらっただけのかなり分厚い本で、その見た目に惹かれてつい手に取ったのが始まりだ。
書かれている文字は見た事もない言語で、それでいて、意味が頭に飛び込んでくるかのようにスラスラと読めてしまった。
そこに書かれていた内容は、錬金術の基礎から応用としてありとあらゆるレシピまで。錬金術に関する事、その全てが載った、これ一冊で錬金術を極めるのには事足りてしまうであろう――そんな大辞典。
かなり胡散臭くも感じたし、元々買おうとしていた文庫本が何冊も買えてしまうくらいには値段も張るため、気になりはしつつも買うかどうかは迷っていた。結局、買ってしまったのだが……買って後悔はしていない。
……だって。何の取り柄もないただの中学生である比良坂楓にも、胸を張って特技と言える、そんな才能が芽生えるきっかけになったのだから。
平坦な道の上に敷かれたレールの上をただ走らされているだけの、無起伏なつまらない人生で、初めて――心の底から取り組める、日々の楽しみを見い出せたのだから。結果的に、数千円の買い物など些細なものだった。
「そろそろ色が変わってくるって書いてあるんだけど……って、あれ? わ、わわ、光り始めるなんて本には書いてないけど? まさかこれってしっぱ――」
その時、比良坂は覚悟した。『錬金術』に失敗した際、起こるとされている――あの現象が巻き起こる事を。




