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17.力の有無こそが絶対と

「でも結局。キミがいくら竜の力が持つ狂気に耐えきって、莫大な力を得たとしても」


 エルフの少年は、赤黒い『狂気』を纏った彼の横に倒れる赤髪の少女、神凪麗音(かなぎ れおん)を見つめながら、小馬鹿にするような調子で言う。


「その力を持つ()()がこのザマなんだ。つまり、その力だけじゃ、この僕は止められない」

「……だから、何だ」


 ただの高校生であるはずの上鳴(うわなき)を狂わせ、人間離れした圧倒的な力を与えたのは、神凪の『血液』。……しかし、その血液に彼が触れるキッカケになったのは、そもそも神凪があのエルフの少年に負けたから。


 普通に考えて、そんな彼女の力を分け与えられたところで力量的にエルフの少年を上回る事はないだろう。力の持ち主を上回る力が、血液に触れただけで発現するなんてあり得ない。しかし、そもそも上鳴は最初から――。


「お前をぶっ飛ばす。そして、神凪を助ける。その為に使える力があるのなら、遠慮なく使わせてもらうだけであって――仮にこの力があってもなくとも、俺のすべき事は変わらない」

「へえ。力の有無じゃない、ねえ? ……でも」


 フードを被ったエルフの少年は、いつになく冷酷に告げる。


「この世界は物語(フィクション)じゃないんだ。結果を決めるのは紛れもない――力の有無、そのものなんだよ。所詮はシロウトのキミには、受け入れがたい現実だろうけど」


 同時。彼は再び弓を引き、金色の矢を放つ。しかし、竜の力を纏う彼にとって、それはあまりに単調な動きにさえ感じられるだろう。


 放たれた向きと強さから矢の挙動を予測して、軽々と避けてしまう――はずだった。


 だが、その矢は上鳴の予想に反して、途中でぐにゃりと、彼の動きに合わせて追尾するように曲がっていく。


 慌てて身を屈めることで、どうにか対処できたが……当然、これで終わりなはずはなく。続けて二本目の金色の矢が、その身を貫くべく向かっていく。


 しかし、竜の力によって身体能力が飛躍的に上がっているおかげか、多少無理をしてもその通りに体が動いてくれて、ギリギリ避けることが出来てしまうのが自分の事ながら恐ろしい。普段の彼ならばきっと、一本目の矢でさえ対応できずにそこで終わっていたはずなのに。


 三本目、四本目と、ぐにゃりとした挙動の矢を次々と同様に避けていく。が、そこで上鳴は、具体的には表せないながらも、どこか嫌な予感を感じてしまう。


 ……まるで、こちらが相手の思惑通りに動いてしまっているような。ハッキリとしない、ただの勘としか言い表せない微妙な感覚。


 上鳴が薄々ながらも感じていたそれを言葉にして、明確に口に出したのは――戦場と化した屋上の傍らに倒れる赤髪の少女。彼女は、自分が実際に受けたからこそ分かった。


「――御削(みそぐ)っ! ()()()()()!」


 エルフの武器として思い浮かぶのはやはり弓。そんな先入観に見合った腕前はあるが……彼の真骨頂とは、そのテリトリーへと踏み込んだ相手に対するカウンター。まさに、神凪が受けたあの植物による視界の外からの攻撃だった。


「残念だけど、今更足掻いても遅いよ。()()()()()()()()()()()()()


 言い終えた直後。踏み付ける地面が大きく避け、まるで神木のように圧倒的な、極太で緑色の柱が、そこへ立っていた彼を突き上げるように飲み込んでいった。


「……は?」

「えっ? どう、して……?」


 その様子を見ていた二人は、何が起こったのかを理解できなかった。


 何故なら。その植物に全身を飲み込まれたのは、もうどうしようもないまでに追い込まれていたはずの上鳴ではなく――あの植物を出した本人であるはずの、エルフの少年だったからだ。


「あいつ、自滅……したのか?」

「そうみたい。規模は違うけれど、あの植物は確かに、さっきアタシがやられたのと同じ物だし……」


 あの攻撃の仕組みなんて知る由もない。だが、あの植物がただ攻撃対象を見誤ったのか、それともエルフの少年さえ知らない所で何かが起こっていたのか。


 とにかく、それを聞いた上鳴は、計り知れない緊張感から解放されて。


「良かった。これで、俺は安心して――」


 すっかり全身から力が抜けて、その場でばたりと崩れ落ちてしまう。


「――御削っ!? 待ってよ、ねえっ!」


 血だらけの神凪は、両足に走る電撃のような痛みさえも忘れて、バタリと倒れた彼の元へと走った。


 エルフという、人間ではどう足掻いても太刀打ちできないはずの敵を乗り越えたその先に待つのはハッピーエンドだと、神凪は勝手に信じ込んでいた。しかし、現実はそう甘くなかったのだ。


「そんな、イヤ……、御削っ! ねえ、返事してよ。ねえってばっ!」


 屋上に落ちる、すっかり燃え尽きてしまった黒焦げの身体はどれだけ揺さぶろうと反応はない。さっきまで生きていたかどうかさえ怪しい、そこまでの状態なのだから当然だ。


 そもそも、彼があの狂気へと飲み込まれずに、自我を保って戦う事ができただけでも果てしなく奇跡だったのに。それ以上の奇跡を望むなど、贅沢な話だった。


 しかし、神凪は諦めきれない。諦められるはずがない。本来巻き込むつもりはなかったのに、駆けつけてくれて。その上、こんなにも情けない自分を救ってくれた、ヒーローのような存在が。こんな結末で終わるなんて、あまりにも報われないだろう。


 黒焦げの胸部を両手で強く圧迫し、口から息を吹き込んで。心臓マッサージの一連の流れを何度となく繰り返した。だが、それでも――この最低最悪な結末は覆らなかった。


「……お願いだから……目を、覚ましてよ……。ぐすっ、うわああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああんんんんっ!!」


 大粒の涙を零し、動かない黒焦げの塊にしがみつく。儚げな赤髪の少女の姿だけが、廃墟の屋上に残された。

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