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15.憤怒に燃える少女の拳

 神凪麗音(かなぎ れおん)は、その赤いショートヘアを風になびかせながら、ただ一直線に突き進む。ローブを被るエルフの少年を、その右手から生える黒い爪が届く間合いまで近付いた――その瞬間。


 とても一方的に攻められている側だとは思えない、エルフの少年が浮かべる余裕の笑みから察して、注意を払っておくべきだったのだ。


「……忘れたのかな? ここは僕のテリトリーだってことを」


 ドゴオオオオオオオオオオオオオッ!! と、廃墟となった校舎の屋上が盛り上がる。下から突き破り、現れたのは――先端が槍のように鋭く尖った、さっきまで神凪を縛り上げていた巨大な植物。


 それが、まるで自我を持っているかのような自由さで伸び、まっすぐに飛び進むだけの神凪を真下から狙う。


「……っ、避けられな……んぐ、あああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


 その鋭い植物は、制服であるスカートの中から伸びる、右ふくらはぎへと突き刺さり、貫いた。


 激しいどころでは言い表せない痛みが彼女に襲いかかる。手足や翼、それ以外は普通の人間である彼女であって、精神をも狂わせてしまうほどの、想像を絶する痛みである事は言うまでもない。


 激痛により、その翼を動かす事さえ忘れてしまい、勢いを失くして屋上のコンクリート上へと転がり落ちてしまう。


 足を片方潰されて、立ち上がる事すら困難になってしまった彼女へと向けて、さらに。ゴゴゴゴゴゴッ! と二本目の植物が下から現れる。


「ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああ――ッッッ!?」


 次は左足の付け根を。彼女がもう自らの力で動けないように、槍のように尖った植物で、確実にその足を貫き潰す。


 痛みに悶える中で、さらに増幅して押し寄せる新たな痛み。もはや、意識さえどこかに飛んでいってしまいそうな――あまりにも無慈悲で壮絶な苦しみだった。


 しかし、そんなエルフの少年は、苦悶を浮かべる彼女の姿を見ても尚、つまらなさそうな冷たい表情で。


「呆気ないね。どんな異能さえも(ほふ)れる力を宿しておいて、()()()()だなんて。先代の継承者もきっと、天国で呆れて見てるんじゃないかな?」

「アン、タ……だけは……絶対に、許さなああああアアアアアいッッ!!」


 両足は潰されて、もう立ち上がることはできない。しかし、彼女にはまだ自由に動かせる『両手』が残っていた。赤く変貌したその両手に全身全霊の力を込めて、四足歩行の獣のように、その力だけでエルフに向けて突進する。


 そんな彼女の赤髪は、さらに深い赤へと変わり、体を飛ばすように動かした両手は、彼女の怒りを象徴するかのように()()していた。まさしく、エルフの少年は神凪の、竜の()()に触れてしまったのだった。


「確かに、植物を操って戦う僕にとって、炎は脅威かもしれないけど」


 だが、炎を纏って砲弾のように飛んでくる神凪を前にしても、彼の平静さは変わることなく。下から再び、彼を守るべく立ち塞がる、巨大な植物の盾が現れる。


 だが、神凪は止まらない。植物の盾をまるごと燃やしてしまう勢いで、燃える右手で全体重をかけて殴りかかる。


 初めはびくともしなかったその植物だったが、炎に触れ続けることで焼けて、強度は失われていく。そして、


「――はああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」


 メキメキメキグシャアアッ!! と、音を立てて植物の盾は崩壊していった。


 そして、神凪は残った勢いのままに、次は燃える左拳でエルフの少年を焼き尽くそうと向かっていった。が、植物の盾が崩れたその奥では――。


「終わりだよ、《竜の血脈(ドラゴン・ブラッド)》」


 植物の盾によって稼いだ時間で、弓に金色の矢を番えた彼が、そっと手を離す。


 ――パシュウウッ! 風を切る音と共に、金色の矢が神凪の腹部をそのまま貫いた。


「ッ、があああああああ……!」


 ここまでボロボロにされてしまえば、流石の神凪でさえも勢いを失い、その場で膝から崩れ落ちてしまった。


 燃えたぎっていた炎も、まるで彼女に残された生命力を表すかのように、どんどんと弱々しくなっていく。


 そんな彼女を見下ろしながら、エルフの少年は。


「キミは、自身の役目を果たさなかったし、今更果たそうと考えを改めた所で、この程度の実力じゃ果たせないだろうね。出来損ないのキミはせいぜい、次の世代の《竜の血脈》がマトモに育つ事を願っていればいいよ」

「た、……たす、けて……っ」


 それは、神凪の心の奥底から漏れた、とても小さな声だった。誰に届くわけでもない、助けを求める声だった。その声に応える者などいないだろう。


 ――()()()()()()()()()


「神凪ッ!! 助けに来たぞ!」

「み……そぐ? どうして、こんな所にきて……」


 神凪は一瞬、この果てしない苦しみから現実逃避するために、無意識に生み出した幻覚でも見ているのかと思ってしまった。


 だが、あの声は。あの立ち姿はどう見ても――良いのか、悪いのか――シロウトと一蹴したはずの彼、上鳴御削(うわなき みそぐ)本人であった。

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