5.新生・ハイグオーラ公国
今も城を囲む、人々が溢れる海の中――ではなく。
二人が立つ城とは別棟となる、招待者用の特別観覧席にて。
「ふう。今日もお仕事、疲れましたぁー……」
「お疲れー、紗々羅」
遅れてやってきたのは、急いでいたのかメイド服姿のままではあるものの、すっかりオフモードの箱園紗々羅だった。
誰が発端かは定かではないものの、彼女に対しては仕事モードとオフモードで、苗字と名前を呼び分けるのが許斐はもちろん、仲の良い者たち同士でいつの間にか浸透していたりする。
当の彼女はといえば、最近は状況が状況なのでどうしても忙しく、こんな日でも一日休みを取ることさえ叶わなかったらしい。こうして早く仕事を上がることができただけでも僥倖だという。
「良かった。一番大事な瞬間には間に合ったようだね」
「ささ、紗々羅さん、こちらへ! これから始まりますわよっ!」
観覧席に集う彼女らの、視線の先では――ついに。今回の式典において、最も大事な瞬間が始まろうとしていた。
***
城の最上階、バルコニーには、これから王、女王となる二人がスーツとドレスを纏い、凛とした佇まいで立っていた。
下からは溢れんばかりの羨望の眼差しを受けており、上空を飛ぶドローンからのテレビ中継を含めれば、全国民――いや、全世界の人々がその姿を目に焼き付けていると言っても過言ではないだろう。
人々には聞こえない、小さな声で。上鳴は、隣の神凪へと声をかける。
「……緊張するなあ」
「バカね、御削。こんなの、国として独立するための体裁を整える、いわば芝居みたいなものじゃない。気楽にやりなさい、アンタが緊張してると、こっちまでやりづらくなっちゃうでしょ?」
「ああ、分かってる」
言い合うと、続けて上鳴は思いっきり息を吸い込んで。――場が一斉に静まり返るのが、さらに緊張感を醸し出してくるが、それさえも気にせずに。
「我、上鳴御削の名の下に。――『ハイグオーラ公国』の建国をここに宣言するッ!」
お互い、頷き合うのを合図に。彼からのバトンを受け取った神凪が続く。
「われ、神凪麗音が約束しよう。――この国と、ここに暮らしを営む全国民のため、あらゆる困難を打ち破るとッ!」
世界の平穏には程遠い。それでも、確かな一歩を踏み出した。ファンタジーが身近にある新たな国『ハイグオーラ公国』の誕生をもって――。