4.新たな国の王と女王
隠祇島の主要な交通手段である、全九つの島々を周回するモノレールに乗り、中央島で降りた五人。
目的地である『城』は、モノレールを降りてすぐ目の前に、こちらを圧倒するような佇まいでそびえたっている。
この城、役所も兼ねているため、中央島の中でも一番人々が利用するであろう――という考えから、こうして駅の真正面に城というよくわからない構図が生まれてしまったらしい。
この五人も例外なく、目的地はこのやけに巨大で豪勢な城なので、狙いどおりではあるのだろうが……こんな目の前に建っていたら、ちょっと威圧感がありすぎるのではないか?
中に入り、受付で用件を伝えると、奥の扉から一人の女性がやってくる。黒髪をさらりと長く伸ばし、白黒のメイド服を纏ったその女性を、五人は知っている。
「……お久しぶりです、皆様」
「おー、箱園さん。久しぶりー!」
かつては島の『管理者』として。今は、城の雑務に時々戦闘まで、何でもこなせる城のメイドリーダーを務めている女性――箱園紗々羅だった。
どうやら今は仕事モードらしい。今の時間からして、当たり前といえば当たり前なのだが。
「それでは皆様、こちらへ。上鳴様と神凪様がお待ちになっております」
箱園に先導されて。友人たちへと会いに行くにも関わらず、妙な緊張感に襲われながらも、五人は城の奥へと歩みを進める。
***
「どうぞ、中へお入り下さい」
「箱園さんは……お仕事中、ですわよね?」
「はい、まだ仕事が残っておりますから。式典には出席いたしますので、またその時に」
こんな日くらい、早めに仕事を上がらせてもらえば……とも思うが、仕事熱心なのは決して悪いことでもないので、無理に止めさせる訳にもいかないだろう。
メイド服姿の箱園が、ご丁寧に扉を開いた先は、この大きくて豪勢な装飾にまみれた城からは想像もできない、小さく素朴な内装の部屋だった。
ごく一般的な、日本の一般的な一室らしい内装が施されたその空間で待っていたのは――。
「ようこそ、ハイグオーラ城へ。――なんて、ちょっと堅苦しいかな」
「みんな、久しぶり。アタシたちは色々と忙しくて、中々会えなかったけど……元気にしてたかしら?」
すっかり着慣れた感のあるスーツを纏う、黒髪で日本人としては平均的な身長の、特にこれといった特徴がないながらも、どこか一般人とは違うオーラを併せ持つ男が、ソファへと座っていた。
その隣には、赤髪のショートヘアとルビーのように輝く瞳が特徴的な、麗しき女性。
――今日から、実質的には日本の一部である隠祇島を改め『ハイグオーラ公国』として独立し、新生する一国の王、女王として、その座に着くこととなる二人――上鳴御削と神凪麗音。
あの一件以来、世界に潜んでいた『ファンタジー』が、白昼の元へと晒された。……そして、大多数の一般人は、それらを『恐怖の象徴』として扱った。
それが、現在進行系で一般人とファンタジーによる対立を引き起こしている。
そんな世界で、隠祇島は主に日本の援助や投資を受けながら、ファンタジーな存在たちにとっての『セーフティゾーン』としての役割を果たしながら、急速に発展していった。
そして今では――他国には存在しない、あらゆる力や技術によって、この島単体でも大国にさえ負けない、不動の地位を確立しつつあった。
ファンタジーな存在と、それに憧れる者たちによる巨大都市は、今も発展の勢いは止まらない。故に、今日――この後の『式典』をもって独立する。
これは主に日本側の、様々な利益と思惑が複雑に絡み合った結果とも言える。
だが、隠祇島にとっても、今までよりも柔軟に動けるようになるため、悪い話ではないとの結論に至ったのだ。
そもそも、この隠祇島の力だけでは、勝手に独立したとて、世界中に国と認めてもらえるまでには至らなかったはず。
「なんだか、今でも信じられないなあ。御削くんと、神凪さんが王様と女王様だなんて……」
「それは俺自身、一番思ってるよ」
「本当よね。ほとんど保身のために色々頑張っていたら、いつの間にかこんな立場に立たされてるんだもの」
一国の長という立場に、こんなに若く経験も少ない二人が不釣り合いだとは、重々承知のうえだった。
しかし、開拓が始まった初期から、隠祇島側のリーダーとして上鳴と神凪の二人が率先して動いていたこと。そして、あの暴れる天使を止めた立役者であるのが決め手となり、隠祇島に住む人々の総意によって選ばれた。
本人たちはあまり乗り気ではないが……客観的に見ても。日本からの莫大な投資があったにせよ、たった四年でここまでの大都市にまで発展させ、それでいてファンタジーという不安定な存在をもまとめ上げるその手腕は、ここまでの評価を受けてもおかしくはないのだってまた事実。
「それも、みんなの力があっての結果だよ。……改めて、本当にありがとう」
「一国として独立して、まさにこれからだってのに。私たちも、日本でやるべきことが落ち着いたらまた力を貸しにいくよ」
「ワタクシも、あくまで探偵としての範疇でしか力になれないでしょうけれど……呼んでいただければ、すぐに駆け付けますわっ!」
「ふふっ、頼もしいわね。なんならアタシのこの席、変わってくれてもいいんだけど」
冗談交じりに、しかし本音も少々織り交ぜつつ、神凪はそう言った。
「ちなみに、王様と王女様ーってことはつまり、二人は婚約者、なんだよね?」
「ちょっ、櫻先輩!?」
唐突に飛び出した爆弾発言に、焦る比良坂だったが――件の二人は、至って冷静のままに。
「まあ、その予定……だな」
「ええ。建国後のあれこれが落ち着いたら、正式に籍を入れるつもりだけど……」
「へ、へえ……、これはウチらも、のんびりしていられないなあ……」
一足先に幸せを掴んだらしい二人に、焦りを感じざるを得ない許斐。とはいえ、上鳴と神凪はまだ二一であり、結婚する年齢としては、比較的早い方ではあるのだが……。
その後も、他愛のない会話を続けているとやがて――静かに、部屋の扉が開かれる。
「式典の参列席へとご案内いたしますのて、皆様こちらへ。上鳴様、神凪様は、今しばらくこちらの部屋でお待ちください」
どうやら、隠祇島の外から五人が集まった一番の理由でもある、式典が始まるらしく、メイド服姿の箱園が迎えにやってくる。
これを境に、世界が変わるといっても過言ではない。
何せ、ただの国ではない。ファンタジーな存在を中心とした、世界で唯一の国が新たに誕生するというのだから。