12.常識外れの錬金術師
「――こっちは最後の仕上げに入っている所。あと三〇分程でそっちに向かえると思う」
『了解だよっ、蓬。それじゃ、気をつけて!』
はーい、と返しながら、錬金術師の七枝は電話を切る。
今も周囲で暴れている《神の子》の、無尽蔵な力の源流である『天界』と繋がっているらしい、《天地導管》を破壊するための道具を作っている最中だ。
基本的な設計は七枝と、その道具の元となる力を持つ堕天使、ツァトエルが。
それを引き継ぐ形で、最終的な道具として調合するのを比良坂が、というように分担して行っている。
そして、こうして落ち着きながら作業ができる場所を用意してくれたのは、七枝の先生にあたる錬金術師、間倉魅能。
「解決の見込み、どうやら立ったみたいねぇ。こっちの錬金術も、順調みたいだし……」
「はい。これも、先生が拠点をこしらえてくれたおかげです。ありがとうございます、間倉先生」
「お礼を言われるようなことじゃないわぁ。だって、私にはこれくらいしかできないもの」
間倉も、そこらの多少腕がなる程度の相手には遅れを取らない程度の戦闘ならこなせる自負はある。世界中を旅する中で、多少の荒事に巻き込まれても生き残ってきたのがその証拠だろう。
だが、今回の《神の子》ような、異次元の強さを誇る相手ともなれば、間倉一人が加勢した所で結局は無力。
そこで、彼女は七枝や比良坂といった、この状況を解決できる可能性を秘めた後代の錬金術師たちが、快適に作業ができる環境を整えていた。
錬金釜といった、調合に必要な諸々の道具から、あらゆるケースに対応できる様々な材料を用意して。そして何よりも、周囲を飛び回る《神の子》でさえも干渉不可能な結界のおかげで、順調に道具の調合が進んでいる。
これが間倉魅能という錬金術師、その戦い方である。
「けど、『無』を材料にして調合……また随分と派手に世界の法則を壊してしまったわねぇ……」
すっかり呆れたように、比良坂の調合を眺めている間倉は言う。
彼女も彼女で、空間そのものを分断して何人たりともの干渉を許さない、そんな結界を張る道具を生み出してしまう程度には、常識外れの錬金術師だ。
だが、目の前の比良坂は――そして、この『無』を材料にするという発想は、先生である七枝が発端なのだが――二人して、彼女以上にぶっ飛んだことを平然とやってのけてしまう。
「まあ、私の身体に宿っている堕天使――ツァトエルの力が異質なだけです。今作ろうとしている《堕天の鎌》も、彼の力なしでは実現不可能でした」
『ま、この俺の力でさえ、材料として落とし込んでしまう時点で十分に狂ってるとは思うが』
「そうねぇ……。流石の私も、完全なる『無』が目の前にあったとして、そこから『無』以外の何かを見出だせる自信はないわ。それを『無限の可能性』として発想を転換させるなんて、流石は私の教え子ね?」
初めてそれをやってのけたのは、天使――天河一基との戦い。天使である彼にさえ明確なダメージを与えた、その発想に至った七枝は、十分に錬金術師としてはぶっ飛んでいる。
そして、その光景を見ただけで、自分の技としてしまう比良坂の技術力もまた、錬金術師としては最高クラスの腕前だと言える。
「……こんなに優秀な後輩が二人もいれば、これからの錬金術も安泰、かしらねぇ」
「何言ってるんですか、間倉先生。先生のような常識外れの錬金術師に錬金術を教われば、誰だってここまで到達できます。そして、そんな私が教えた後輩もまた――いや、教える以前から才能の片鱗が見え隠れはしていたが――先生のように、錬金術師としての常識を外れていくんです」
「私の教えが受け継がれていくのが嬉しいやら、後世まで残るとなると恥ずかしいやら……」
まんざらでもなさそうな間倉の視線の先で、そんな常識外れの弟子の弟子。比良坂が、疲れと達成感が入り交じった声を上げる。
「……できましたっ!」
その手には、全体が黒にところどころ紫色の宝石があしらわれ、刃の切っ先が赤色の――その手の病を患っている人が見れば大興奮してしまいそうな見た目をした――鎌が握られていた。
《堕天の鎌》。天界とこの世界の繋がりを切り裂く、錬金術師二人と堕天使の知識、技術を総動員して生み出された『最終兵器』である。