6.天界との断絶に向けて
この場の五人、全会一致で天界との断絶を選んだ。当然、全世界の総意ではないにせよ、実際に動く事になる面々が同じ志であればそれで十分だ。
『さて、説明する――なんて言ったが、そんな複雑な事じゃねえ。《天庭》に乗り込んで、天界に繋がる門、《天地導管》を壊しちまえばいいだけだ。なに、俺の《ベンテローグ》くらいの破壊力があれば簡単に壊せるさ』
「……だったら、アンタが乗り込んで全部終わらせてくれればいいんじゃない? アタシたちがわざわざ集まって、こうして作戦会議をする必要はないと思うんだけど」
『忘れたか。俺は堕天使だ。天界はもちろん、天庭だって文字通り天界の庭。当然、とっくの昔に、出禁になっている。……もし俺が解決できたなら、とっくに世界は変わってるに決まってるだろ』
「ああ、やけに協力的だと思えば……。そういや堕天使の目的はこれだったか」
思い出したように七枝が言う。彼女の言葉通り、堕天使ツァトエルの目的は、天界とそれに準ずるどれもが関わらない、独立した世界を創ること。
天界と繋がる門の破壊は、まさしく彼の目的を達成させる、最も直接的で手っ取り早い方法だった。
『ま、そうなるな。俺の待ち望んでいた展開が、やっと巡ってきたって訳だ』
目的の一致していて、尚且つ彼の代わりに門を破壊できる実力を併せ持つ――そんな存在をツァトエルは探していた。が、そんなに都合の良い存在は見つからなかった。今、この瞬間までは。
『やるべきことは二つ。まず一つが《天庭》を見つけ出す事。この島のどこかにあるだろう、と俺は見ているが……詳しい場所は俺も分からないんで、その場所を探ってほしい』
「この島にあると思った理由は?」
『俺だって、《天庭》への入口は嫌というくらいには探した。それこそ全世界をくまなく。だが、それでも見つからなかった。ただ、一箇所だけ探していない場所がある。……言うまでもなく、アイツの結界によって厳重に出入りを管理されていたこの島だ』
全世界をくまなく探した、というのは誇大表現でも何でもないだろう。天使や堕天使の時間感覚は、人間のそれとはまるで違う。平気で数百年とかいう単語が出てくる程度には狂いに狂っている。全世界の全ての座標を、実際にその目で見て回ったと言われても、特に違和感はない。
だが、そんな彼でさえも、入る条件が緩くなる前の――島に『ファンタジー』が集められる前の結界に対しては気付くことさえできなかったらしい。
「とにかく、その《天庭》とやらを探せばいいのね? ……で、もう一つのやるべき事って?」
今も周囲では金色の存在による一方的な破壊が続いている。長々と話している場合ではないと、神凪が急かすように言う。
『で、もう一つは――さっきも軽く話したが、俺は《天庭》に立ち入れない。つまり、お前たちが、俺の《ベンテローグ》と並ぶ力を持っていなければならない。……が、こればっかりは一から考えている暇もねえ。そこで、この仕事は錬金術師二人に託そう』
七枝と比良坂、当の二人が顔を見合わせる中で、ツァトエルは続けて。
『俺の《ベンテローグ》を再現できる道具を作って欲しい』
堕天使の、漆黒の翼から放たれる、触れた物全てを『無』に塗り替える一撃。それを放てる道具を錬金術で生み出し、《天庭》には立ち入れないツァトエルに代わって《天地導管》を破壊する。
人の領域を超えたそれを再現するのは当然、簡単なことではない。
……だが、二人の錬金術師はこの島に来る前も、この島に来てからも、新たな経験を積んでさらに成長していた。そんな二人は、悩むこともなく即答する。
「はい、それでこの状況を終わらせられるなら……」
「私たちの錬金術に不可能はないと、世界を救って知らしめてやるとしようか、楓」
「そうですね、蓬先輩っ!」
比良坂は、以前にも上鳴から難題を頼まれた事があった。その時は、色々と思いつめてしまっていたが……今の彼女にはそんな様子もない。一人前。いや、一人前以上になった証なのだろう。
「じゃあ、これからは二手に別れて行動ってことになるのかな?」
「そうだね。私たち、錬金術師二人は……間倉先生が用意して待っていてくれているらしい、拠点でその道具を調合するよ。残りの皆は――」
「道具を作っている間に、《天庭》への入口を探しておく。大丈夫、この島にあるってことが分かってるなら楽勝よ、アタシたちに任せなさい」
堕天使の《ベンテローグ》を再現して放つ道具作りに、肝心の天界と繋がる門がある《天庭》探し。どちらも、失敗に終わるとは思わない。故に、これ以上の話し合いは不要だろう。
錬金術師二人とそれ以外に別れた二つのチームが、軽い別れの挨拶を双方交わすと――それぞれの目的に向けて、逆方向へと歩き出した。