5.神の子
上鳴と神凪のいる街の外れの方へ、オカルト研究部の三人が合流するような形でやってきた。
「良かった。みんな無事みたいだね」
「ええ、こっちは大丈夫よ。……そういや、間倉さんは?」
三人と一緒に来るのかとも思ったが、その姿がなかったため心配になってしまう。
「ああ、さっき手紙が飛んできてね。あのマンションは壊されてしまったらしいけど、その近くで拠点をこしらえたから、いつでも戻ってきて構わないって」
「そう。無事なら何よりだけど……」
一度折った折り紙を、最初まで開いて戻したかのような折り目が沢山ついている、その『手紙』を片手に七枝蓬が言う。
間倉は、スマートフォンはもちろん、ガラケーさえも持たないタイプの人なので、こういった時にすぐさま連絡を取り合えないのはやはりもどかしい。
が、彼女も彼女でまた錬金術師の例に漏れず、いとも容易く法則をも捻じ曲げてしまうタイプなので、ケガをしているといった心配は無用なのだろう。
「で、早速本題に入ろうか。――堕天使」
『ああ。結論から言えば、この状況を打破できる方法はあるが、俺には実行ができない』
七枝の身体を借りている堕天使が、直接脳へと語りかけてくるように――普段の彼では想像できないまでに淡々と話す。……それがいかに、今が非常時であるかを物語っているようだった。
『まず、あの金色は《神の子》――『神族化』の成れの果てだ。本来はああやって暴走するなんてあり得ないんだが、中途半端な状態でアイツ……天河の制御から離れたのが原因だろうな』
「神族化だって? 俺が《聖心臓》の中にいた間に……?」
「いや、アタシたちも全然気が付かなかったから、本当に水面下で――それも、御削がこの島に来る前から進めてた可能性だってゼロじゃないわね。もう始まってることに対して、いつからだのなんだの言っててもしょうがないけれど」
ここまでは、オカルト研究部の三人は事前に聞いていたので今更驚くような事ではない。が、上鳴と神凪の二人は初耳だ。それも『神族化』とは、今はいない天使、天河一基の最終目標でもあったはず。それが知らない間に、ここまでの大騒動に発展するまで進んでいたというのだから無理もない。
『んで、それなら倒してしまえばいいと考えるだろうが、それは無理だ。《神の子》は天界と繋がっていて、常に魔力、生命力、知力といったあらゆる力を、必要な時に必要なだけ供給されている』
堕天使は、長く堅苦しい説明になるのを避けたのか、結論を続ける。
『つまり、どれだけの致命傷を受けても、生命力が天界から供給されれば無意味となる。天界に溢れる『力』を全て消し飛ばしでもしない限りはな』
その光景は、全員この目で目撃している。ある大男が放った大剣や、《竜の血脈》による力の全てを乗せた蹴りを、あの金色――《神の子》はものともしなかった。
「……なら、どうすればいいってのよ? 方法はあるんでしょ?」
『ああ。前提として、天界とこの世界の狭間には《天庭》と呼ばれる空間が広がっている。そこで力の供給を止めればいい。……当然、既にこちら側に送られてきた力が消える事はないが、残党を潰せばいいだけの簡単なお仕事だ』
《神の子》が厄介なのは、比喩でも何でもない、無尽蔵な生命力。天界とこことの繋がりを断ち切り、天界から新たな生命力の供給さえ止まればそれほど厄介な相手ではない。
実際に、上鳴と神凪の二人で連携して攻撃を叩き込む事自体はもう、すでに成功している。
破壊力だって、今でこそあり得ない威力の拳を連発しているが、天界からの供給が止まればそう連発はできなくなるだろう。
言ってしまえば、天界との断絶は《神の子》と渡り合うための前提条件だ。
『そして、当然と言えば当然だが、この方法を使えば天界とこの世界は二度と交わらない。つまり、《神族化》による安寧は永遠に実現しない。それで良いなら、詳しい説明を続けるが……どうなんだ?』
それはおそらく、主に上鳴に向けて放たれた言葉なのだろう。それを察しているのか、上鳴以外は静かに頷くと、すぐに彼の方へと視線を移す。
そもそも、上鳴御削がこの島にやってきた理由は、永遠の安寧をもたらすという『神族化』の為。
だが、この惨状を前にして。……そもそも、あの《聖心臓》から引きずり出された時、もしくはあの中で島の王として生かされていたあの時から、その答えは変わらない。
「一度は、永遠の安寧っていう言葉の響きに縋ってしまった。でも、俺はもう、二度と道を違えるつもりはない」
上鳴御削は断言する。
「こんな状況を作り出した元凶でもある、天界との繋がりは――止めるしかない、絶対に」