4.錬金術師として成すべきこと
「荷造りの必要がなくなったーって、喜んでおくべきなのかしらぁ……?」
借りていたマンションを出る準備をしていた間倉魅能だったが、すぐ近くでビルの倒れる騒ぎがあった。
ビルが倒れるなど、まず只事ではないため身の危険を感じて、すぐさま外へと避難した――その直後だった。……彼女がさっきまでいたはずのマンションが、無残にもバラバラに砕かれたのは。
もし、あの中に彼女がとどまっていれば。彼女自身もマンションもろとも、バラバラに砕け散っていただろう。想像しただけで身震いしてしまう。
だが。状況が状況だけに、そこまで呑気に眺めていても良いのだろうか、もっと焦るべきではないか……とも思うが、それが間倉魅能という錬金術師なのだから仕方がない。
「うーん、このまま見ている訳にもいかないだろうけど……まあ、あの子たちが動いてくれるわよねぇ? 私はバックアップにでも回るとしますか。そもそも私、錬金術師であって戦闘職じゃないんだしぃ……」
超威力の爆弾から、あらゆる法則をも覆すような道具を操り、強敵相手にも立ち向かう錬金術師も実在するらしいが(紛れもない、自分の弟子とその後輩のことである)あくまで間倉は錬金術師という範疇を超えるような存在ではない。
自衛だけなら、そこらのファンタジーにさえ触れていないチンピラや暴漢だったりには遅れを取るつもりもないが、同じくファンタジーの世界に生きる存在が相手となれば、どうしても錬金術師という非戦闘職である彼女では及ばないのもまた事実。たとえばあの、あちこちを飛び回っている、この騒ぎの現況であろう金色とかには、手も足も出ないビジョンが見える。
故に、彼女は錬金術師として、錬金術師らしい方法で、力になりたいと思うのだった。
「……まずは、いつでもあの子たちが戻ってこられる場所を用意しないとね。私にできるのはこのくらいだし」
落ち着いて帰ってこられる場所は、ついさっき壊されてしまった。……だが、このような状況だからこそ、そういった安全地帯は必要だろう。
間倉は、ふとポケットから取り出したステッキを取り出すと、グインと大きなサイズへと代わり。
地面に勢いよく突き立てると、半径五メートルの円を描くように光の壁が空高くまで伸びていく。これはかつて、この隠祇島を外界から隠していた結界からインスピレーションを受けて生み出した《開闢者の杖》という道具だった。
島を覆い隠すまでの大きさどころか、家一つも包めない空間ではあるが、どんな超常や法則でさえ使用者の意思に反する物は通さない、絶対の空間となれば狭いとも思えない。
ミニチュアサイズまで小さくしていた錬金釜をポケットから取り出すと、こちらも標準サイズの釜へと変わり、無造作に置かれる。
木製のイスやテーブル、フカフカのベッドに雰囲気だけではない、実際に暖かく感じるレプリカの焚き火まで。彼女が旅をしている際に即席で作っている拠点を一瞬にして展開すると、ひとまずイスに腰掛けて。
「それに、若い人たちのパワーって凄まじいしねぇ。私にはもう成長の余力なんて残ってすらいないけど、あの子たちならこの騒動だって糧にして、颯爽と解決しちゃいそうだし」
間倉が続けて、ポケットから正方形の紙とペンを取り出しながら、それらをテーブルに広げつつ呟く。
間倉もまだ若い方とはいえ、成長期はとうに終わってしまった身だ。ならば、ここで出しゃばるべきは自分ではなく、これからの時代を担っていくべき彼女たちなのだろう。
故に、間倉魅能はどこまでいってもサポートに徹する。それだけだ。