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1.この物語の主人公は

()()()だって? 確かそれは、あの天使が目論んでいたことだろう? だが、私は確かにあの天使を――殺したはず」

『ああ、確かにアイツは死んだ。……だから今、こんな状況になってるんだろうが』


 一つの身体を共有している錬金術師と堕天使が、こうして話している光景も見慣れてきてしまった。


 初めて堕天使が七枝(ななえ)の身体に宿っていることを知ったあの時は、許斐(このみ)比良坂(ひらさか)も、かなり衝撃を受けていたが。


『あの見た目は確かに、人間が神族に変わろうとしている姿だ。どうやらアイツはこの島に「ファンタジー」を集めると同時に、神族化の準備も着々と進めていたらしい』

「神族化……、話には聞いていたけど。それは確か、『永遠の安寧』をもたらす物ではなかったのかい? 見ている限り、安寧とは正反対にしか感じられないのだけど」


 この島へと来る前に、この話は神凪麗音(かなぎ れおん)から聞かされていた。天使と上鳴御削(うわなき みそぐ)が失踪した理由として、この『神族化』が考えられるだろう、と。


 だが、羽化するように人の身体から独立して飛び出した金色の存在が、一番最初にしたこと――それが、手近な場所に建っていたビルの破壊だった。『安寧』とは程遠い。

 

『中途半端と言っただろう。しっかりと神族化を施された人間には、ある程度の意思は残る。当然、天界にとって扱いやすい駒になるよう、()()()()()()()()()()()()調()()を施したうえで、ではあるが……。とにかく、ああやって獣のように、無秩序に暴走するなんてあり得ない。神族となった人間――《神の子》と呼んでいるが――から最もかけ離れた行動とも言える』

 

 ツァトエルの言った中途半端。それはきっと、この『人間らしい部分を取り除く』過程の途中、あるいは調整が施される前に、天使――天河一基(あまかわ いつき)を七枝が殺したからだろう。


 ただ。これまでの話を聞く限りは、確かに《神の子》は常識外れの力を持っている。が、当然その存在を創り上げた天使に比べればその力は劣るだろう。


 ならば、天使を倒した三人であればこの程度、相手にもならないはず。……そんな希望は、すぐに打ち砕かれる事となる。


「あ、あれ……!」


 ふと比良坂が、言葉を失い戦慄する。……彼女の視線の先には、さっきも見た人間の身体から羽化するように金色の存在が独立して飛び立っていく光景が、軽く数十。ここから見えない場所も含めれば、その合計は未知数と、あらゆる場所で同じ現象が起こっているのだろう。


 一体だけならともかく、ビルを軽々と壊せるような存在がこれだけ大量に暴れたらどうなるか。わざわざ考えるまでもなく――この島が一面瓦礫の山と化すだろう。


「……ああ、なるほどね」


 それを見た魔法少女、許斐がそう言葉を漏らす。


「ウチ、ずっと思ってたんだけどさ。覚えてる? 結界を超えて、この島に入るための条件ってやつ」

「ああ。『特異な能力、知識を有していること』――だったよね。でも、それがどうかした?」

「矛盾してると思わない? その条件に当てはまる人だけで、これだけの都市ができるはずないでしょ?」

「……っ! 本当ですね、(さくら)先輩……!」

「ああ。本当に――何故、私はここまで気が付かなかったんだ。気にも留めていなかったが、よくよく考えてみればおかしい。ファンタジーが集まる都市のはずなのに、思い返せば、そんな気配を感じさせない人々が大半を占めていた」

「ということは、(よもぎ)先輩が言う、その()()()……」 


 それに続く言葉は口にする事さえおぞましく、誰もが頭の中では理解しつつも、心の中に秘めておくに留まってしまう。


 こちらは錬金術師二人に魔法少女、そして堕天使というそうそうたるメンバーではある。が、それでも戦力差は覆らない。いや、そもそも覆そうと考える事でさえ烏滸(おこ)がましい――それほどまでの差。


 あれだけの《神の子》が、自由を手にすれば隠祇(おぎ)島はもちろん、この世界さえあっという間に破壊し尽くされてしまうだろう。


 ……だが、それを許さないのは彼女ら三人――少し広い視点を持てば、上鳴や神凪、間倉(まくら)といった知り合いも力を貸してくれるだろうが――そんな少女たちや少年だけではなかった。


 ビル一つを軽々と崩し、次なる獲物を探していた一体の金色に直後、人一人分はあろうかという大きさの、銀色の大剣が突き刺さる。


 その大きすぎる剣を放ったのは、剣自体があまりの大きさのはずが、なんだか適正サイズに感じてしまう。そんな大柄で筋肉質な男だった。


「嬢ちゃん共、ここは俺様に任せてさっさとここから逃げちまえッ!」


 やがて、周囲でも無差別な破壊が始まり、あちこちから轟音が響いてくるが、それらにさえ掻き消されない荒げた大声で男が三人に吐き捨てる。


 どうやらあの大剣の一撃で、すっかり息の根を止めたと確信しているのか。大柄な男は《神の子》を相手に背を向けているが――そんな彼に、中途半端故に未知数な部分もあるとはいえ、大体どうなるかが見当のついている堕天使が、少々苛立ちを露わにしながら叫ぶ。


『チッ、《神の子》はあの程度じゃ死なねえぞッ、オッサン!』


 その声が届く頃には、金色の身体に突き刺さった大剣は軽々と引き抜かれ、ブオオオオオオオオオッ! と風を薙ぐような音と共に勢い良く投げ返される。


 それが大柄な男の背に、カウンターの如く叩きつけられようとした――その時。


「ふんッ!」


 まるで吸い込まれるかのように。直接見ることもなく、気配だけでその大剣をがしっと掴み取る。


 攻撃を止められた事に、感情は顔がないので表に出ずとも、不快に感じたのか。さっきまで大剣が身体に突き刺さっていたはずが、すっかり傷口の塞がってしまった《神の子》の一体が、大柄な男へと距離を詰め、その拳を振るうが――。


「どりゃああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」


 掴み取った銀色の大剣が、金色の存在を腹部から横に一文字を描き、容赦なく真っ二つにした。


 その男が優れているのは肉体的な力だけではない。その察知力、剣の技術から立ち回り。その全てがまさに一級品だ。


「油断して敵に背を見せる傭兵は生き残れねえ。俺様の身を置く世界じゃあ常識ってモンだ」


 あの男に危険が迫っていると、各々動き出そうとしていた三人は気づけば、彼の堂々たる佇まいに目を奪われてしまっていた。


 そう。《神の子》へ対抗しうるのは、七枝とツァトエルや許斐、比良坂といった面々だけではない。それも、この『ファンタジー』が世界から集められたこの島であれば尚更だ。


 錬金術師や魔法少女、さらには堕天使までが揃う彼女らでさえ、金色の群れに対抗する人々の中では()()()()()でしかない。



 これは、地球上の『ファンタジー』――その全てが、天界という理不尽へと立ち向かう。そんな物語である。

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