20.聖心蔵から解き放たれし少年
神凪と上鳴が再会して、どれだけの時間が経っただろうか。いや、実際にはそこまで時間が経った訳ではないのかもしれない。
「……ワタクシ、明らかにお邪魔なのですが、状況が状況故に、ここから離れる訳にもいかないですわよね……」
涙を流して抱き合う、そんな二人から視線を逸らしながらセリッサが困り果てていたのを見た上鳴が、思わず慌てて。
「ああっ、ごめん。セリッサさん……だったっけ。こんな姿で申し訳ないけど、俺は上鳴御削。麗音と一緒に、俺を助けてくれたんだよね。ありがとう」
「い、いえいえ! ワタクシは探偵として、当然のことをしたまでですからっ」
初対面がこんな姿で申し訳ないと思ったが……。高校の制服姿ではあるのだが、何しろずっと《聖心臓》の中にいたせいで、あの臓器の中に満たされていたドロドロの赤い液体ですっかりぐちょぐちょだ。みっともない姿と言われれば何も言い返せない。
上鳴からセリッサに向けた、初対面としての挨拶を横から聞いていた神凪が、訝るような表情を浮かべながら。
「ねえ御削。つまりそれって、ここにいたのがアタシたちだって分かってたの? それならどうして、あんな容赦ない攻撃をいつまでも続けてた訳?」
「え? いや、俺にはあの《聖心臓》を制御する力がなかったんだけど――」
さっきまでとは一転して、冷たく鋭い声を向けてくる神凪。確かに、上鳴は《聖心蔵》の中から、二人が戦う姿を見ていたが……その時の彼には、どうにもできなかった。
すっかり機嫌を悪くしてしまいそうな彼女をなだめようと、ふと言い訳がましいことを口にしかけたが……上鳴は、途中で止めた。
「……本当に申し訳なかった。麗音を。しかも、俺なんて助ける義理のないセリッサさんまで巻き込んで、危険な目に遭わせてしまった。これは俺の自分勝手さが招いた事で、謝って済むような事じゃないのは分かってるけど……」
「別にアンタが謝ることじゃないわよ。アタシも、セリッサさんも。地上じゃ、オカルト研究部のみんなが天使と戦ってるはず。でも、それはあくまでアタシたちが自ら望んだうえで命を張ったんだから」
「……ごめん」
上鳴には、それしか言葉が見つからない。他にも謝らなくてはならない事なんて無数に出てくる。が、彼にとって一番の罪は、これまでに謝った内容のどれでもない。
「……俺は、その……麗音に左手を失くしてしまうケガをさせてしまった。それだけに留まらず、俺はその現実から逃げ出した。自分で言ってて嫌になる。どうしようもない最低な人間だ、って」
この島へ逃げた後に気づいたのではあまりに遅すぎる。それは自分でも分かっていた。
「俺は、この後悔を一生背負って生きていきたい。麗音……いや、神凪さん」
「……っ!?」
「こんな卑怯者で、ダメダメな俺で良ければ――この俺を、神凪さんの『左手』にしてくれないか」
「…………何を言ってるのよ、アンタ。そんなの無理に決まってるじゃない」
神凪は、赤面しながらも冷静に告げる。
「御削には、アタシの左手の代わりにはなれない。……でも、それは御削の代わりだって同じく――他の誰にも、どんな物にも務まらないの。だから」
神凪は一拍置いて。荒くなる息を一度リセットしてから、ただ一言だけ。
「御削は御削として。アタシの傍にいてほしい。それだけで、アタシは幸せだから」
それが、上鳴の想いに対する――神凪の答えだった。
***
それから少しして。地下の大部屋へと繋がる唯一の通路である階段から、かつかつと足音が響いてくる。その数は三人。となれば――。
「そっちの調子はどうかなーって、うわあ……。こりゃヒドいや」
先頭を歩き、最初にこの惨状を目にした魔法少女、許斐櫻が思わずそう吐き捨ててしまう。
飛び散るガラス片に、一面水や血のような液体でグチャグチャになった部屋を見た感想としては至極真っ当ではあるのだが。
後ろの二人も、想像以上の光景に驚いたり、顔をしかめたりしていたが……最終的には、三人の表情はどこか安堵した表情へと落ち着いた。
この隠祇島までやってきた目的。上鳴御削の姿が見えたからだった。
「みんな、本当にありがとう。アタシ一人じゃ、きっとどうにもならなかったから」
改めて、神凪がオカルト研究部の面々と、この島で出会ったセリッサに向けて、深く頭を下げる。
「いえ、わたしたちだって同じです。この五人が集まれたからこそ、御削くんを助けられたんだって。そう思います」
「そうだね。ウチらも、幼馴染みの楓はともかく、神凪さんほど深い関わりがあった訳じゃないけどさ。それでも、知り合いが行方不明だなんて、あまりにも目覚めが悪すぎるし」
「それに、楓は見えないようにと頑張っていたようだけど……当然、楓も神凪さんと同じくらいショックを受けていたんだよ。部長として、そんな状態の部員を放っておいてはいられない」
「……えっ? ば、バレてたんですか!?」
オカルト研究部の三人の横では、探偵であるセリッサもどうやら満足げな表情で。
「ワタクシも体調はすっかり良くなってきましたし、この島の秘密に触れる事ができて満足です。……皆さん、ありがとうございましたっ!」
ともあれ、失踪した上鳴を見つけ、セリッサの身の危機も去り。《聖心臓》を壊した事によって、その全てが解決へと向かうだろう。
――少なくとも、当事者であったこの場の六人はそう思っていた。